クリスマスの約束
翌日、マリコは半休を取り、面会時間の開始とともに土門のもとへ向かった。
ICUのガラス越しに見える土門は昨日と変わらず、静かに眠っていた。身じろぎひとつしない姿を見ていると、マリコはふいに恐怖に襲われた。
本当に生きているのだろうか。
マリコは思わずガラスに手を当てた。
息遣いが伝わるわけでも、体温を感じられるわけでもない。それでも土門が生きている証が欲しかった。
土門は、過去にもこんな風に命の危機に晒されたことがある。その時も、マリコは土門の回復をひたすらに願った。ただ、今のように恐怖を感じることはなかった気がする。
いつからか、二人の関係は仕事仲間という境界線を越えていた。友情と信頼はそのままに、さらにもう一つ、愛情が加わった。
今となっては、土門はマリコにとってなくてはならない存在だ。その人を喪いかねない、それは目の前が真っ暗になるほどの恐怖だった。
「土門さん…」
悲痛なマリコの呼びかけは………届かない。
「マリコさん!」
背後から懐かしい声に呼ばれた。
「美貴ちゃん!」
こんな時でなければ、手を取り合って再会を喜び、色々な話をしたい相手だ
「マリコさん、ごめんなさい!」
美貴はガバっと頭を下げる。
「え?どうしたの?」
「バカ兄貴が、またマリコさんに心配かけて!」
「土門さんは通り魔から女性を守って怪我を負ったの。仕方なかったのよ」
「それにしても、急所を避けるとか…出来なかったわけ?」
ガラス越しに美貴は兄を睨みつける。
愚痴でも言っていないと、本当は不安でたまらないのだろう。マリコには美貴の気持ちが痛いほど分かる。
「美貴ちゃん…」
マリコがそっと腕に触れると、急に美貴は俯いた。
「お兄ちゃん、目を覚ましますよね?元気になりますよね?」
震える声を励ますように、マリコは「ええ」と答えた。
『美貴ちゃんのためにも、早く………』
マリコは眠り続ける土門へ、心の中でそう語りかけた。
翌日も翌々日も土門が目を覚ますことはなかった。しかしやはり刑事の体力は伊達ではない。傷口はほとんど塞がり、バイタルも安定しているため、土門はICUから個室へと移された。
土門の病室を出たマリコが病棟内を歩いてみると、反対側には産科の病室が並んでいた。こちらはパステルカラーが基調の明るい雰囲気をしている。足早に通りすぎ、ドリンクを買おうと休憩所に立ち寄ると、そこにはクリスマスツリーが飾られていた。
「そうか。もう明日はクリスマスなのね」
思えば土門とクリスマスの約束をした日から、ほんの数日しか経っていないというのに、あの日が随分前のような気がする。あまりに色々なことが起こったからだろう。
今のマリコに、クリスマスツリーの賑やかさは眩しすぎた。マリコは踵を返すと、土門の病室へ戻った。
「ただいま」
おかえりと迎えてくれる声はない。
静かな空間に聞こえるのは電子音だけ。
マリコはベットの側の椅子に腰掛けると、そっと土門の手に触れた。
「……温かい」
今はこの温もりだけがマリコを支えていた。
