クリスマスの約束



たった5日の間に、二人を取り巻く状況は激変した。
約束を交わした翌日、京都市内で男が刃物を振り回しているという一報が京都府警に届いた。土門たち捜査員が現場へ急行すると、すでに通行人らしき数人が体のあちこちを押さえて呻いていた。あたりには血の香りが漂い、普段は賑わいを見せる観光地が一変して凄惨な事件現場と様変わりしていた。

ナイフを持った男が奇声を発しながら、若い女性へ突進していく。

「逃げろ!」

土門が叫ぶが、女性は足がすくんで動けずにいた。ナイフが女性へ振り下ろされるすんでのところで、土門は女性に覆いかぶさった。

「大丈夫ですか!」

女性は震えながらも、何とか頷く。

「土門さん!」

気付いた蒲原と数人の刑事が駆け寄り、男を地面に押さえつけ拘束した。

「あの………?」

男が確保されたことで安心したらしい女性は、いつまでも自分に覆いかぶさったままの土門へ声をかけた。

「…つぅぅ」

小さく呻くと、土門の体がぐらりと揺れた。

「あの!大丈夫ですか!!」

女性の緊迫した声に、犯人を所轄の捜査員へ引き渡していた蒲原が振り返る。

「土門さんっ!!!!」

叫ぶ蒲原の視界には、アスファルトに倒れた土門と、その背に深々と刺さったナイフが映った。土門は薄れゆく意識の中で、サイレンの音が聞こえた気がした。



傷口からの大量出血により、意識不明のまま搬送された土門には、すぐに緊急手術が施された。手術室の外では、付き添ってきた蒲原が落ち着かない様子で廊下を行ったり来たりしている。先程から何度か輸血パックを手にした看護師が手術室へ出入りしているのだ。
蒲原は思い出す。
土門が倒れた場所にできていた血溜まりは、かなり危険な量ではなかったか?

「土門さん…」

祈る思いで目をつむると、急ぐ足音が聞こえた。

「蒲原さん!」

小走りで近づいてくるのはマリコだった。

「土門さんは!?」

「まだ手術中です」

「そう。刺されたって聞いたけど?」

「はい。出血が止まらなくて、救急車が到着する前に意識がなくなっていました」

「そんな…」

マリコは両手で口元を覆うと、悲嘆した声を漏らした。

それと同時に手術中のランプが消えた。自動ドアが開き、執刀医が姿を見せた。

「先生!土門さんの容態は?」

駆け寄るマリコに、医師は淡々と告げた。

「傷の手術は成功しました。ただ出血が多かったので、目が覚めるかどうか…」

「……そんな」

肩を落としたのは蒲原だ。

「大丈夫。信じましょう、土門さんを」

「マリコさん」

マリコは力強くうなずく。
その様子に、蒲原は更にうなだれた。
本当はマリコだってショックなはずなのに、自分が落ち込んでいるせいで、マリコは悲しめずにいるのだ。

「すみません、マリコさん」

こんな不甲斐ない自分を見たら、土門はがっかりするだろう。
蒲原は背筋を伸ばした。

「俺、犯人の取り調べに参加してきます。ここ、お願いしてもいいですか?」

「もちろんよ。土門さんが目を覚ましたら、すぐに連絡するわ」

マリコは土門の回復を信じて疑わない。

「はい!」

蒲原は後ろを振り返ることなく、歩いて行った。



程なくして、土門が手術室から出てきた。目を閉じたままの土門の体からは何本ものチューブが伸び、機器に繋がっている。それでも酸素マスクが曇る様子を見れば、土門が生きていることを感じ、マリコは目頭が熱くなった。

「しばらくICUへ入院していただきます」

「はい」

看護師の言葉にマリコはうなずく。

「ご案内しますので、奥さまもこちらへ」

「あ、いえ………」

マリコは言葉に詰まる。

「私は…仕事の同僚で」

それが事実だ。

「土門さんのご家族は?」

「東京に妹がいます」

「連絡は取れますか?」

「はい」

「ではよろしくお願いします」

「わかりました」

マリコは土門を見送ると、久しぶりに美貴へ電話をかけた。


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