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「泰乃さん!?」
マリコはすぐに家の中へ駆け込んだ。少尉もそれに続く。
「泰乃さん、どうしたの?」
「ごめんなさい。立ちくらみがしてテーブルに手をついたら、湯呑みを落としてしまって」
「泰乃さん、怪我はない?」
「大丈夫です」
「片付けは私がやるから、少し休んだほうがいいわ。あなた、泰乃さんを奥の部屋まで支えてあげてください」
「わかった。さあ、掴まって」
「すみません」
少尉は泰乃の腕と腰を支え、ゆっくり廊下を歩いていく。
「すみません。重いですよね」
「大丈夫ですよ。自分はこれでも軍人なんです。力はあります。しかし双子とは大変ですね」
「今から倒れていたら、育てられませんよね」
泰乃は苦笑する。
「マリコさんにも、つい甘えてしまって。あの…マリコさんのことが心配でいらしたのでしょう?」
「ええ、まぁ…」
「以前、主人の休みが取れなかった日に、一人でお産婆さんの所へ行ったことがあるんです。でもその帰りに貧血で倒れてしまって。それから主人は心配して、一人で出歩かせてくれなくなりました。それで逆子の治療も諦めようと考えていた時、偶然マリコさんに再会して、相談に乗ってもらったんです。そうしたら…」
「自分が手伝うと言ったんですね?」
泰乃は頷く。
実にマリコらしい。
少尉は誇らしさに口元を綻ばせた。
「でも、もう大丈夫です」
「しかし…」
「本当です。主人の職場が変わって、これまでよりお休みが取りやすくなったんです。だから、これからは主人に付き添いを頼みます」
「そうですか」
少尉はホッとした。
本当はそれが一番いい方法だろう。
「でも、何かあれば遠慮せず、マリコと自分を頼ってください」
「ありがとうございます」
泰乃を自室まで送り届けると、少尉は台所にいるマリコのもとへ戻ってきた。
「あなた、ありがとうございます」
「いや」
「このまま泰乃さんは休むと思いますから、私たちは片付けを終えたら、お暇しましょう」
「大丈夫なのか?」
「ええ。もうじきご主人が帰ってくる時間ですから」
「わかった。泰乃さんから、マリコへ伝言だ。ご主人のお休みが取れるようになったから、これから治療の付き添いはご主人に頼むそうだ。もちろん、何か困ったときは頼ってほしいと言っておいた」
「そうですか!よかったわ。本当はご主人が側にいてくれたほうが、泰乃さんも安心でしょう」
「そうだな。ところでマリコ。片付けなら手伝おうか?」
「ええ!?」
マリコは目を丸くする。
「なぜそんなに驚く?」
「いえ、だって…」
「私は一人暮らしが長い。何ならマリコより家事の腕は上だぞ」
否定できないところが辛い。
ぷっとマリコは頬を膨らませた。
「ハハハ」
膨れた頬に素早く唇を走らせると、少尉はマリコを手伝うために袖をまくりあげた。