恋に落ちていく二人
マリコが鑑定に没頭していると、背後にみゆきが立っていた。
「みゆきさん?びっくりした。どうしたの?」
「マリコさん、鑑定の進み具合はどうですか?」
「え?今、測定器を起動したところだから…3時間もすれば結果がでると思うけど」
「そうですか。土門刑事が早く知りたがっていましたよ」
「ええ。わかってるわ。今の捜査にはこの結果が大きく影響するでしょうから…」
そこまで話したところで、マリコはみゆきを見た。
「土門さんに会ったの?」
「いけませんか?」
「え?」
「しまった!」とみゆきは後悔したが、言葉は止まらない。
「私が土門刑事と会ってはいけませんか?」
「そんなこと言ってないわ。私はただ土門さんに会ったの?と聞いただけよ」
マリコに悪気はないのだが、余裕そうな言い方がみゆきには癪に障った。
「会いましたよ。今日も、昨日も、一昨日もです。土門刑事と話をしたかったので」
「そう…」
やや青ざめた顔でマリコは頷く。そしてみゆきに背を向けると、PCの画面に意識を戻した。勝手に話を終わりにされたみゆきは、マリコとPCの間に割って入った。
「マリコさん、お話があります」
「鑑定中よ」
「どうしても今、聞いてほしいんです」
みゆきにそう言われれば、マリコは嫌とは言えない。
「手短にお願いね」
「教えて下さい。土門さんに恋人はいるんですか?」
「どうして、私にそんなことを聞くの?」
「マリコさんと土門刑事は、お互いに信頼も厚く、長い付き合いだと聞きました。そんなマリコさんなら土門さんのプライベートも知っているんじゃないですか?」
「それを聞いてどうするの?」
「自分の気持ちを伝えたいんです。年が離れすぎていて相手にされないかもしれませんけど、でもここで諦めて後悔するのは嫌なんです」
−−−−−ああ、やはり。
マリコはギュッと拳を握り、目を閉じた。
「後悔するのは嫌なんです」
その言葉がマリコの胸に刺さった。
気持ちを伝えるのも、後悔するのも、すべて生きているからできることだ。
キラキラした笑顔と、強い信念を持っていたあの子。
マリコと一緒に鑑定するのが夢だと言っていたあの子。
夢と希望に満ち溢れていた彼女の未来を閉ざしてしまったのは自分だ。
目の前のみゆきの顔と、彼女が重なる。
心の奥底に眠っていた罪が目覚め、マリコを糾弾する。
お前のせいだ。
お前のせいだ。
償え。
償え。
今のマリコにできる償い。それは…。
「私は知らないわ。土門さんに恋人がいるのかどうか…知らないわ」
それが今のマリコにできる、精一杯の返事だった。