恋に落ちていく二人
持て余しているのはこちらも同じと言えるようだ。
「マリコさん。みゆきさんと土門さんて何かあったんですか?」
「え?」
このやり取りは、昼休みにみゆきがコンビニへで出かけけている間のことだ。
「何にもないならいいんです。私の勘違いかもしれないし」
「待って、亜美ちゃん。どういうことか聞かせてちょうだい」
「ええと、ですね…」
亜美は先日のみゆきとの会話を、マリコへ伝えた。
「そう。そんなことがあったのね」
「はい。もしかして、土門さんに何か言われた…とか?」
「さあ?そんなことないと思うけど…」
屋上でマリコとみゆき、土門が顔を合わせた日の夜、マリコは土門に誘われ夕食を共にしている。
しかしそのときには、みゆきの話題は出なかったはずだ。いつも通り仕事の話とくだらない会話をし、土門がマリコを自宅まで送り、そこで別れた。
マリコは土門のことを憎からず思っている。それは土門も同じだ。そして、そのことをお互いに何となく気づいてもいる。
気づいていて、踏み出すことができずに、もう何年経ったことだろう。
これまで二人が浸かっていたぬるま湯は熱くも冷たくもならずにいた。しかし、いつまでも心地良いままではいられない。
いつか湯は冷めるのだ。
そして冷めてしまえば、待っていても温かさがもどることは…ない。
「もしかして」
マリコはポツリと呟いた。
「マリコさん?何か言いました?」
不思議そうな亜美に、マリコは首を振ってみせた。
「何でもないわ」
もしかして、みゆきさんは土門さんのことが…?
頭を過るのは暗い予感。
「まさかね…」
マリコはすぐに打ち消す。
けれどそうすぐに否定してもいいのだろうか?
科学者が、検証もせずに。
それから時折、みゆきの姿が見えなくなることがあった。どうやら屋上へ通っているらしいと知り、マリコはカッと頭に血が上った。
『盗られた』
それが率直な感想だ。誰かのものではないのに、勝手に屋上を奪われた気がしたのだ。
いや、正確には屋上ではない。
それは土門の隣という居場所。そして二人で過ごす時間。それらを盗られたことに、マリコは怒りを覚えたのだ。
だけど、と冷静に考える自分もいた。
土門が誰と屋上で過ごそうが、マリコに口を出す権利はない。ましてや、相手がみゆきなら尚さら…。
マリコは初めてみゆきに会ったときから、理由のない引け目のようなものを感じていた。みゆきがマリコに懐けば懐くほど、嬉しさと同時に「自分のことよりも、みゆきを優先させなければ」という義務感に捕らわれていたのだ。
マリコが一人思い悩んでいるころ、みゆきは屋上にいた。
土門が休憩にやってくる時間は大体決まっているそれが彼のルーティーンなのだろう。もちろん、張り込みなど仕事によっては会えない日もあるが、みゆきは時間を合わせて何とか土門との時間を作ろうとしていた。
「土門さん、お疲れさまです!」
「ん?垣谷。今日もこの時間に休憩か?」
「はい」
「榊は?」
ほんの一瞬、みゆきは眉間にわすかな皺を寄せた。
「マリコさんは今、鑑定で手が離せないみたいです」
「忙しそうだな」
「鑑定の手順で、ちょうど私のほうがこの時間に体が空くんです」
「そうか」
「土門さんは今夜も張り込みですか?」
数日前、一課が追っていた手配犯が市内に姿を現したというタレコミがあった。その日から、一課の捜査員は交代で張り込みに当たっているのだ。
「いや、今夜は違う。宿直に変わりはないがな」
「あ、それじゃあ、何か差し入れを持っていきましょうか?」
「ん?」
「こう見えて、料理は得意なんです」
チャンスだ、とみゆきはアピールした。土門に手料理を食べてもらうこともできるし、短い時間だとしても一緒に食事ができるかもしれない。土門との距離を縮める絶好の機会だ。
「手料理が食えるのは有り難いな」
「本当ですか!」
「ああ。だが、今夜は遠慮しておく」
「どうしてですか?」
「榊の鑑定結果が出たら、すぐに動ける準備をしておきたい。飯はコンビニで済ませるさ」
「それならおにぎりでも作ります」
土門は首を振る。
「そんな時間があるなら、榊を手伝ってやれ。そして早く結果を出してもらうほうが、俺たちには飯よりありがたい」
「……………」
そうはっきり言われてしまっては、みゆきも引き下がるしかなかった。