恋に落ちていく二人
「榊先生、この数値ですが…」
一緒に働き始めると、みゆきはとても優秀な科学者だった。
鑑定機器の機能など、マリコが知らない使い方を知っていたりもして、マリコはもちろん、周囲も驚いていた。
「みゆきさん、私のことはマリコでいいわ。皆もそう呼んでくれているから」
「そんな恐れ多いです…」
滅相もない、と両手を突き出してブンブンと振る様子にマリコは笑った。
「いいのよ。私のことを『榊』って呼ぶのは偉い人くらい…と、もう一人いたわね」
「もう一人?」
「そのうち会えると思うわ。とにかく、榊先生はやめて。恥ずかしいし」
マリコが肩をすくめると、ようやくみゆきは頷いた。
「はい、マリコ…さん」
「うん。OK!」
それ以降も、二人は依頼される鑑定を順調にこなしていく。単純に人手が増えたことと、みゆきの能力の高さから、処理スピードはかなり上がっていた。
「みゆきさんのおかげで、今日の分の鑑定はほとんど終わりね。少し休憩しましょうか」
壁の時計を確認すると、マリコはそう提案した。そして鑑定室を出ていこうとするマリコに、みゆきは声をかけた。
「マリコさん、どちらへ?」
「ん?屋上よ。外の空気を吸ってくるわ」
「私も一緒にいいですか?」
「……………」
マリコは一瞬躊躇った。
屋上には先客がいるかもしれない。
でも、それは同行を断る理由にはならないだろう。
「いいわよ」
果たして、屋上には予想通り人影があった。
「土門さん!」
マリコが呼びかけると、振り返ったその人は片手を上げた。
「お疲れ。ん?そっちは噂の研修生か?」
「そうよ。垣谷みゆきさん。みゆきさん、こちら捜査一課の土門刑事よ」
「垣谷です。よろしくお願いします」
刑事という肩書に緊張したのか、みゆきはぎくしゃくとお辞儀をする。
「土門さんは私たちと一緒に行動することが多いの。大丈夫。こんな顔してるけど、普通のオジサンだから」
「おい。こんな顔って何だ?」
土門が不貞腐れると、マリコとみゆきは吹き出した。
「本当ですね」
「ね?普通のオジサンでしょ?」
「お前たち…」
土門は眉を跳ね上げる。
「ふん。まあ、いい。垣谷、これはお前にやる」
ポンと、みゆきの手に落ちてきたのは缶コーヒー。
「こいつの下じゃ、色々大変だろうが頑張れよ」
「ありがとうございます!」
「私には?」
「オバサンは自分で買え」
ニヤリと笑うと、土門はマリコへスマホを見せた。
後で連絡するということだろう。
マリコは頷いた。
「マリコさん」
土門が戻っていくと、みゆきは申し訳無さそうにマリコへ缶コーヒーを差し出した。
「これ、もしかしてマリコさんの分だったんじゃないですか?」
見慣れたラベルの缶コーヒー。
確かにいつもマリコが飲んでいるものだ。
「いいのよ。土門さんはあなたにあげたんだもの。でももらってしまった以上…」
マリコは低い声でささやく。
「鑑定が次々届くかもしれないわよ?」
脅し半分、からかい半分のつもりが、みゆきは目を輝かせる。
「大歓迎です!私、鑑定大好きなので」
ここに日野がいれば、若いころの誰かにそっくりだと頭を抱えるだろう。(いや、今もか?)
「頼もしいわね」
「お任せください!」
こうして日野の頭痛の種はすくすくと育っていった。