恋に落ちていく二人



「マリコくん、ちょっといいかい?」

鑑定室に顔を覗かせた日野は、くいくいと手招きしてマリコを呼んだ。

「はい?」

「刑事部長室へ一緒に行って欲しいんだ」

「私も、ですか?」

「そう」

「所長。私、何もしてませんよ?」

先回りして否定するマリコに、日野は苦笑して見せた。

「そんなこと言ってないでしょ。お小言じゃないみたいだよ」

「そうですか」

ホッとしたマリコは、日野の後に続いた。



ノックをすれば「入れ」の声が返った。

「失礼します」

日野を先頭に部長室へ足を踏み入れた。

「忙しいのにすまないな」

椅子を勧められ、二人が腰を落ち着けると、向かいに座った藤倉がマリコの前に履歴書を置いた。

「これは?」

「実は研修生を受け入れることになった」

「研修生ですか?」

日野も初耳だったのだろう。
眼鏡の奥の目を丸くしている。

「研修生といっても学生ではない。主に科捜研と協力関係にある研究機関の若手職員だ」

科捜研と協力関係にある…というのは、例えば企業の研究所などで、専門性に特化した研究機関を指す。
鑑定をしていく上で、時には科捜研では有していないデータが必要になったり、機器の使用が求められたりすることがある。
そういうとき、マリコたちは専門の研究機関へ協力を依頼する。今回はこうした先から、研究員が研修生として科捜研へやって来るということらしい。「交流を深めることで、スムーズな協力体制を築き上げることが目的だ」

「はぁ…」

日野はため息にも似た返事を漏らした。
嫌な予感がする。
自分だけでなく、マリコも呼ばれたということは…。

「まずは女性の法医研究員が来ることになった。榊」

「はい」

「お前の下に付ける。面倒をみてやってくれ」

「わかりました」

「…………………」

やっぱり…。
日野は表情を険しくする。
「厄介事だけはごめんだよ…」
そう、心から祈るばかりだ。



1週間後、科捜研へやってきたのは垣谷かきたにみゆきという研究生だった。
年齢は27歳。
大学で法医学を学ぶもその道には進まず、一般企業の研究機関に就職するという、一風変わった経歴の持ち主らしい。


「垣谷みゆきです。ずっと科捜研の鑑定に興味があったので、とても楽しみにしていました。よろしくお願いしますっ!」

研究職というより営業職の方が向いていそうな元気のよさだ。

「マリコくん」

日野に呼ばれ、マリコは一歩進み出た。

「垣谷さん、彼女は法医担当の榊マリコくん。研修中は彼女と一緒に鑑定をお願いします」

「はい!」

みゆきは瞳を輝かせると、マリコの手をはしっと握る。

「榊先生のご活躍は雑誌などでよくお見かけしています。ずっとお話してみたいと思っていました。嬉しいです。よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしく」

マリコははにかむ。
まっすぐに自分に向けられる好意はこそばゆく、そして少しだけ苦しい。
マリコはみゆきを通して、別の人物を見ていた。

今はもう、思い出の中でしか会えない…彼女。


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