京都殺意の旅



科捜研へ戻ると、マリコは宇佐見の鑑定室を覗いた。

「宇佐見さん、何か分かりましたか?」

「多恵さんの着衣の首元に、微量の苔が付着していました」

「苔?」

「ええ」

「現場に苔なんて生えてなかったわよね」

遺体発見現場はアスファルトに覆われていて、苔はおろか植物はなかったはずだ。

「詳しく鑑定してみます」

「よろしくお願いします」

続いて、マリコは亜美のもとへ向かった。

「亜美ちゃん。映像、見つかった?」

「はい、これです」

画面上には、ふらつく足取りの女性が一瞬映った。恐らくこの直後で倒れたのだろう。

「間違いない、多恵さんね。時刻は13時35分。千津川警部がご主人の遺体を発見する5分前。ふらつきながらも歩いていたということは、別の場所で頭に傷を負って逃げていたとも考えられるわね」

「そもそも、夫婦はどうやってここまで来たんだ」

「近くのバス停のカメラには降車する姿はありませんでした」

土門の疑問に亜美が答えた。

「あとは、タクシーか。そっちは俺が調べる」

「お願い。私たちは、もう少し範囲を広げて、久城夫婦の映像を探しましょう」

「分かりました」



しばらくすると、非番返上の蒲原が山積みのカメラ映像を持って科捜研へやってきた。

「ひぇ。すごい量」

天を仰ぐ亜美に、「俺も手伝います」と蒲原はシャツの袖をまくりあげた。
ここからは人海戦術だ。宇佐見を除く全員でひたすら映像を流し、確認していく。

途中、土門も合流した。

「市内のタクシー会社を調べたが、二人を載せたタクシーはいなかった」

「そう。あとは映像だけが頼りね」

夜を徹して映像を追いかける。
早朝、宇佐見の入れてくれたお茶にひと息つくも、皆すぐに視線を画面へ戻す。
肩が張り、目頭が限界を迎える頃、亜美が立ち上がった。

「見つけました!」

中央のスクリーンに映し出されたのは、Nシステムの画像。「わ」ナンバー車の後部座席には、確かに久城夫婦が乗っていた。

「レンタカーか!運転手は誰だ?」

「すぐに調べます!」

蒲原が写真を手に飛び出していった。
その後もさらにカメラの映像を確認していると、宇佐見が鑑定室から出てきた。

「マリコさん、この苔ですが、オオカサゴケという珍しい品種のようです。自生もしていますが、盆栽やテラリウムで栽培されているものを目にするほうが一般的なようですね」

「そんな苔が多恵さんの着衣の首元に付着いていた…」

思案するマリコの隣で、土門のスマホが鳴った。

「蒲原か。なに?わかった、すぐに向かう」

通話を終えた土門は、判明した事実を口にした。

「レンタカー会社に確認した。この車を借りて運転している男の名前は、東雲匠しののめたくみ。職業欄には医師と書いてあるそうだ」

「医師ってもしかして…」

「すぐにあの兄弟に確認する。お前も来るか?」

答えるより先に、マリコは脱ぎ捨てた白衣を所長に放り投げた。

「おっと。マリコくん、くれぐれも無茶はしないでよ!」

日野の叫びも虚しく、土門とマリコは走り去っていった。



二人がやってきたのは有名な老舗旅館。ここはもともと久城夫婦が宿泊し、今は訃報を聞きつけやってきた三兄弟も泊まっている。

「刑事さん?ようやくどっちが先に死んだかわかったんですか?」

土門の顔を見るや、長男の玲一が嫌味たっぷりに問いかける。

「それより、この男性に見覚えはありませんか?」

「ん?ああ。こいつが親父の主治医ですよ」

「今、どこに?」

「え?自分の部屋にいるはずだが」

「案内してください!」

「ああ、はい。こっちです」

土門の気迫に気圧されたように、玲一は廊下を足早に進む。

その途中でマリコは立ち止まった。

「榊?」

「先に行っていて」

「わかった」

マリコは窓の下に飾られた盆栽に目を凝らす。
目的のものは、そこにあった。
それも手のひらサイズの石の側面に。



「東雲匠さんですね。京都府警です」

突然開いた扉から刑事が現れ、男は明らかに動揺した。

「何ですか、突然」

「すみませんが、この写真についてお聞きしたいことがあります。ご同行願えますか?」

土門が東雲に見せたのはNシステムの写真だ。

「どういうことだ。まさかこいつが犯人なのか?」

「詳細はまた後ほど」

「待てよ。ちゃんと説明しろ!」

激高する玲一の声を聞き、他の二人も廊下に出てきた。仕方なく土門は事の次第を大まかに説明した。

「これはお二人が殺害される当日の写真です。おそらく二人は、彼の運転するレンタカーであの場所まで移動した。この写真の後で何があったのか、彼に事情を聞く必要があります」

「お前…どういうことだ?」

玲一が東雲に詰め寄る。

「それを聞き出すのは、我々の仕事です」

土門は玲一を男から引き剥がす。あまりの力に玲一は顔を歪めた。

「失礼」

振り返ることもせず、土門は東雲を連行した。
離れたところで様子を見ていたマリコが二人に続く。

「目的のものは採取できたのか?」

「ええ」

キラリと光るマリコの瞳は、そろそろ事件の終焉が近いことを土門に予感させた。


8/11ページ