京都殺意の旅



翌日。
観光からホテルに戻った千津川は、土門から呼び出しの電話を受けた。

「分かりました。大丈夫ですよ、今からそちらに…ん?」

クイクイと袖を引く尚子に目を向けると、メモを見せてきた。

『土門さんと榊さんと、ご飯食べながらじゃダメなの?』

「千津川警部?やはり都合が…」

「いえ、そうではなくてですね…」

尚子は千津川の顔を見上げて、何度もシャツを引っ張る。

「土門さん、もしよかったらなんですが…」

この勝負、尚子の勝利と相成った。



「すみません、土門さん。勤務中なのに」

「気にしないでください。勤務中だって、飯は食います」

「そうですよねー」

「尚子!」

ベッと舌を出して、尚子はマリコに笑いかける。
マリコもくすっと笑みを零した。

「ねえ、あなた。紹介してちょうだい」

「わかった、わかった。こちらは京都府警科捜研の榊マリコさん。榊さん、妻の尚子です」

「はじめまして、榊です。今回はご旅行の途中にすみません」

「いいえ、いいんです。こんなことでいちいち目くじらを立てていたら、刑事の妻なんて務まりませんもの」

「さすが、千津川警部の奥さまですね」

「尚子さん、こいつはお世辞が言えない質の人間なので、今のは本心ですよ」

「ま、嬉しい♪」

土門の言葉に、尚子は両手を頬に当てた。マリコほどの美人に褒められれば、同じ女として悪い気はしない。

「ところで、事件のことですが」

「気になっていました。どうなりましたか?」

男二人の背筋が伸びる。

「はい。久城一之さんの死因は心臓発作による病死、多恵さんの死因は脳挫傷でした」

マリコの言葉に千津川は頷く。

「久城多恵さんは事件とも事故とも不明ですか?」

「はい」

「実は、今回の事件にはどうやら遺産が絡んでいるようなんです」

「遺産?」

声を落とした土門に、千津川も眉を潜める。

「ええ。一之さんはかなりの資産家で、亡くなった順によって相続人が変わってくるんです」

「なるほど。それで、死亡推定時刻のほうは?」

「二人とも、千津川警部が発見した時刻頃、としか言えず、二人のどちらが先に死亡したのか、解剖では明らかになりませんでした」

ここはマリコが答えた。

「それで、我々に話を聞きたいということですね」

「はい。どうでしょう、何か思い出したことはありませんか?」

「それが、私も尚子も悲鳴のような声を聞いて現場に到着しましたが、人影は見ませんでしたし、近くに女性がいたことも知りませんでした。何かがぶつかるような物音を聞いた記憶も…」

「ねえ、あなた」

「なんだい?」

話を止めた尚子は、記憶を振り返る。

「今思うとあの悲鳴、男性か女性かよくわからなかった気がしない?」

「そう…だな。確かに!ほんの一瞬で、低くも高くもなかった」

「ではもしかすると、女性の悲鳴だった可能性があると?」

「そうかもしれません。悲鳴に気を取られていたので、最初に男性の遺体を見つけて、彼の悲鳴だと思いこんでしまったのかもしれない。刑事のくせに面目ない」

千津川は悔しそうに口を歪める。

「いいえ。誰だって、まさか他にも遺体があるなんて考えもしませんよ」

「でもそうなると、多恵さんの死には事件性が疑われるわね」

マリコの言葉に土門も頷く。

「ああ。そして、一之さんのほうが先に死亡した可能性が高くなる」

「多恵さんの着衣の鑑定と、防犯カメラの解析を急ぐわ」

「俺も手伝おう。千津川警部、貴重なお話ありがとうございました。我々はこれで失礼します」

「え?土門さん…」

勢いがついた二人は挨拶もそこそこにレストランを出ていってしまった。

「どうするの、あなた。こんなに…」

千津川夫妻の目の前には、運ばれたばかりの料理が4人前、湯気を立ち上らせていた。


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