京都殺意の旅



洛北医大に到着したマリコは、解剖着に着替えると、早月の到着を待った。

「ごめーん、マリコさん。会議が長引いちゃって!」

息を切らせて走り込んでくると、早月はロッカーにバン!と手を付き、会議がいかに長く無駄か、教授たちがいかに暇かをマリコに説明、もとい愚痴り始める。

「先生」

それを遮り、マリコは早月へ解剖着を差し出す。

「うっ…はい。すぐに準備します」

「お願いします」




解剖室では物言わぬ男女が並んで横たわっていた。

「ご夫婦のご遺体だって?」

「はい。最初に発見されたのはご主人、一之さんです。その検視のときに少し離れた場所で妻の多恵さんのご遺体が発見されたんです」

「ふーん。妙なこともあるものね」

「ええ」

「さてと。2体続けてか…忙しいわね。マリコさん、よろしく」

「はい」

「それじゃあ」

二人はまず男性のご遺体に向かい合掌する。

「開いてみましょうね」



「マリコさんの見立て通り、ご主人の方は病死ね」

「心臓発作でしょうか」

「おそらくそうね。持病の有無は聞いてる?」

「いえ、まだです」

「そうか。まあ、高齢だから何かしら抱えていてもおかしくないか…」

「はい。ただ…」

「ただ?」

「奥さまも同時刻に亡くなっていることが気になります」

「どういうこと?」

「ご主人の方は病死の可能性が高いですが、奥さまのほうは明らかに外傷があります」

「それで?」

「もしかすると、遺産が絡んでいるのではないかと…」

思わぬワードに、早月は「はっ」と気づいたようだ。

「遺産?久城って、もしかして“あの”久城グループ?」

「はい」

「それはかなりの資産家だわ。なるほどね。こりゃ、死亡推定時刻の割り出しには特に注意が必要ね」

まいった、と早月は天を仰いだ。




案の定、京都府警では遺族たちが揉めていた。

「親父とあの女、どっちが先に死んだんだ?」

「現在、解剖中です」

「どうせあの女が遺産欲しさに親父を殺したに決まってる」

「お二人の死因も解剖結果を待ってください」

「ふんっ。解剖、解剖って、そればっかりだな」

「では、今度はこちらから質問させてください」

土門は向かいの机に居並ぶ男三人を順番に観察した。

今まで土門に食って掛かっていたのは、左の二人だ。

「お二人は、一之さんと先妻の間のお子さんですね」

「そうだ。俺が兄の玲一。こっちが弟の礼二だ」

「では、こちらは?」

「僕は久城多恵の息子で、三希と言います」

「そうですか。今回お二人はご旅行で京都へ?」

「そうだ。親父ももう長くはない。最後に京都旅行がしたいと言い出して、あの女と二人で一昨日出かけたのさ」

代表して答えたのは玲一だ。

「旅行のスケジュールはご存知でしたか?」

「俺は知らん」

「俺もだ。三希は知ってるんじゃないのか?」

礼二は隣を見る。

「三希さん、どうですか?」

「母から簡単な予定は聞いていました。でも宿泊先はどこかというくらいで、その途中の行動は知りません」

「しかしそれでは、何かあったときご心配ではなかったのですか?」

「スマホもありますし、母から宿泊先には主治医も常駐させると聞いていましたから」

「ほう。ところで一之さんは何か持病をお持ちでしたか?」

「心臓、腎臓、血糖、色々あったな。詳しいことは主治医に聞いてくれ。それより解剖はまだ終わらないのか?」

「二人分ですから、時間がかかるんです」

「なら、結果が出たら教えてくれ。俺たちも暇じゃない。一旦、帰らせてもらう」

「わかりました。しかし、必ず連絡が取れるようにお願いします」

「礼二、帰るぞ」

三希には目もくれず、兄二人はさっさと帰っていった。

「三希さんはどうされますか?」

土門の問に、三希は重い口を開いた。

「あの、母には外傷があったと聞きましたが?」

「はい。頭部に」

「それは事故ということでしょうか?」

「まだ分かりません」

「つまり、殺人の可能性もある?」

「本当に今はまだ何も分かっていない状況です。ただご夫婦が相次いで死亡したとなれば、事件の可能性を排除することはできないでしょう」

「そう、ですよね。刑事さん、僕は母の連子なんです。だから父と血の繋がりはありません。それで兄たちは、父と母、どちらが先に死んだのかを気にしているんです」

「一之さんが先に亡くなったのであれば、遺産はお母様に半分…つまりあなたのもとにいく。しかしお母様が先に亡くなったのなら、遺産はすべてあの二人のものになる…総資産はかなりの額でしたね」

「はい。僕は遺産なんてもともと諦めていました。お金をもらうより、ギスギスした家から早く出て行きたかったんです。でも母を置いていくこともできなくて…」

「そうでしたか」

「あの。母の遺骨は僕が引き取れますか?」

「ご兄弟の承諾があれば大丈夫です」

三希は頷く。

「刑事さん、何か分かれば教えて下さい。よろしくお願いします」

「承知しました」

三希は頭を下げると、背筋を丸めるように出ていった。



「土門さん」

計っていたかのように、マリコが姿を見せた。

「解剖、終わったのか?」

「ええ。一之さんの死因は心臓発作。多恵さんは脳挫傷ね」

「死亡推定時刻は?」

「一之さんは千津川さんが悲鳴を聞いたという、13時40分ころで間違いないでしょうね。多恵さんも、ほぼ同時刻よ」

「つまり?」

「二人のどちらが先に亡くなったのか、解剖ではわからないということね」

「そいつは困ったな…」

「今、亜美ちゃんに頼んで、近隣の防犯カメラの映像を集めてもらってる。蒲原さんにも協力してもらえないかしら?」

「分かった。すぐに伝える」

「それから、やっぱり千津川さんからも話を聞きたいわね」

「そうだな…せっかくの夫婦水入らずの旅行だってのに」

土門は大きく嘆息した。


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