京都殺意の旅
「千津川警部!」
「土門さん!」
一報を聞き、駆けつけてきたのは土門と蒲原だった。
「驚きましたよ。まさか…」
「ええ。事件を呼んでしまう体質なのかもしれませんね」
千津川は肩をすくめる。
「大丈夫なんですか。その尚子さんは?」
「もう慣れっこです!」
くるりと振り向き、ふふっと笑う尚子。
「だそうです」
ハハハと千津川は苦笑する。
「さすが、捜査一課警部の奥さんですね…」
蒲原はしきりと感心していた。
「彼女でなきゃ、私に付き合うことはできませんよ」
「羨ましい限りです」
しみじみと相づちを打つ土門へ、千津川は呆れる。
「何を言ってるんですか?土門さんの側にもいるじゃないですか。尚子に勝るとも劣らない女傑が」
「は?」
「おや、噂をすれば」
規制線の向こうに紺色のバンが到着した。
お揃いのジャケットを着込んだ数名に、白衣が混じっている。
「土門さん…と、千津川警部?」
「やあ、榊さん。お久しぶりです」
「お久しぶりです…あの、ご旅行中だと伺っていましたが?」
「ええ。その途中で発見してしまいました」
「まぁ…」
なんと言うべきか迷うマリコへ、土門が検死を促す。
「あ、そうね。千津川警部、また後ほど」
「ええ」
千津川は、土門とマリコを見送った。
「ねえ、あなた」
聴取から開放された尚子が、千津川の元へ戻ってきた。
「あの女性が榊さん?」
「そうだ」
「ふーん。確かにお似合いね」
「だろう?」
「すごい美人だし、スタイルも抜群ね」
「尚子?」
「あなた、本当に浮気してないでしょうね?」
「おいおい…。俺には君が一番さ」
尚子以上のじゃじゃ馬を乗りこなすなんて、体が持たない。
…なんて気持ちはおくびにも出さず、千津川は尚子の肩に腕を回した。
「死因は?」
「状況からは、病死ね」
マリコはご遺体の全身をくまなく観察している。
「なに?」
「目立った外傷はないし、毒物特有の匂いや、皮膚の変色もない。それにこの苦悶の表情からすると、突発的な心臓発作の可能性が高いわ。高齢のようだし、持病があったのかもしれない」
「病死、か」
「身元はわかってるの?」
「ああ。久城一之さん、78才。すでに引退しているが、もと久城グループの会長で、かなりの資産家だ。持病のことは、すぐに確認する」
「お願い」
「土門刑事!」
緊迫した声が土門を呼んだ。
「どうした?」
「向こうにも人が倒れています!」
「なにっ!?榊!」
マリコは頷くと、土門の後を追う。30メートルほど先の角を曲がった路地端に、女性が倒れていた。
「頼む」
マリコは遺体のそばにしゃがみ込むと、その腕を取り脈を確認する。続けて首筋にも触れた。どちらもマリコの指先には、何の反応も伝わってこない。最後に胸ポケットのペンライトで遺体の瞳孔を確認して、マリコは静かに首を振った。
「亡くなっているわ」
マリコはその場で目を閉じ、手を合わせた。
土門それにも続く。
「そのまま検視を頼む」
「ええ」
マリコは遺体の周囲をぐるりと観察していく。
ちょうどカメラを下げた亜美が到着した。
「こっちは女性ですか。あっちの男性のご遺体と、何か関係あるんでしょうか」
「まだ分からないわ。だけど、この女性の死因は脳挫傷の可能性が高いわね」
「脳挫傷?」
聞きとがめた土門は、マリコの手をのぞきこんだ。
ご遺体の髪をかき分け、頭皮が見えるようになると、後頭部に出血と陥没が見て取れた。
「事故か?殺人か?」
「今の状況では結論は出せない。すぐに洛北医大へ運んで」
「わかった。2体ともな」
「2体?どういうこと?」
「この女性は、亡くなった男性の妻だと判明した」
土門がスマホを持ち上げる。
「え?ご夫婦だったの!?」
「ああ。夫婦が同時刻に近所で亡くなったとなれば、流石に関係があると見るのが自然だろう。風丘先生には悪いが、2体の解剖を頼む」
「わかったわ。私も行ってくる」
「ああ」
挨拶代わりに手を挙げる土門に、マリコは頷いて応えるとそのままSRIのワゴンへ向かう。途中、千津川夫妻を見つけると、軽く会釈し車に乗り込んだ。
「省吾さん。私たちはどうするの?」
「土門さんに聞いてみよう」
千津川は尚子を残し、捜査員たちに声をかけた。
「土門さん!」
「ああ、千津川警部。お待たせしてすみません」
「いえ。慌ただしいようですが、殺しですか?」
「実はすぐ近くでこの被害者の妻も遺体も発見されたんです」
「本当ですか!」
「はい。何か気づかれたことはないですか?」
「いえ…。私が聞いたのは悲鳴のような声だけですし、誰の姿も目撃していません。もっとも周辺を確認したわけではありませんが」
「そうですか」
「厄介な事件にならなければいいですが」
「千津川警部もそう思われますか?」
ベテランの刑事二人の経験値がそう告げるなら、もう覚悟したほうがいいだろう。
この事件の背後には何かある。
考え込みそうになった二人だが、千津川は我に返った。
「それで、私たちはどうすればいいでしょう?」
「そうでしたね。足止めをしてすみません。どうぞ旅を再開してください。もし何か聞きたいことがあれば」
「いつでも連絡してください」
「ありがとうございます。尚子さんにも謝っておいてください」
「彼女は大丈夫ですよ。では、幸運を祈ります」
ここで千津川と土門は別れた。