京都殺意の旅
翌日、老舗旅館の一室に集まったのは玲一、礼二、三希、そして千津川もこの場に同席していた。
「それで、わかったんですか?犯人」
「わかりましたよ。一之さんと多恵さん、どちらが先に亡くなったのかも」
「何だと!」
「どっちだ?」
兄二人は椅子から腰を浮かさんばかりだ。
「犯人の供述から先に亡くなったのは一之さん。次が多恵さんです」
「「なんてこった…」」
頭を抱える兄たちとは逆に、三希は黙ったままだ。
「そうなると、遺産の半分は三希さんのものということになりますね」
話を聞いていた千津川が確認するように口を開く。
「刑事の勘」とでもいおうか、千津川は土門たちの様子から“何か”を嗅ぎ取っていた。だから、さらにこう続けた。
「もっとも、そこに犯罪が絡んでいるとなれば話は別でしょうが」
「どういう意味だ!?」
話が見えず、苛立つ玲一を土門がなだめる。
「玲一さん、落ち着いてください。三希さん、あなたはどう思いますか?」
「僕は何とも…。前にも話したように、遺産のことは諦めていましたから」
「それなら放棄しろ。いいな、三希」
割り込んだ玲一に、しかし三希が頷く様子はない。
「僕が諦めていたと言ったのは、母さんが先に死んだ場合だ。でもそうでないなら、放棄はしない」
「お前は久城の家とは赤の他人だぞ!」
「兄さん、落ち着けよ」
激高する玲一を礼二が宥める。
「三希さん。あなた、最初から放棄するつもりなんてなかったのではありませんか?それどころか、確実に相続できるように計算していた」
土門の言葉に三希の顔色が変わる。
「東雲医師が全てを話しましたよ。彼に多額の報酬を約束して、二人を殺害するように命じたのはあなたですね?」
「『命じる』なんて誤解です。僕はもしそうなったら、先生にもお世話になったお礼ができるのに、と相談したまでです」
「そうですか。あくまで殺人教唆ではない、とおっしゃるんですね」
「違います」
三希の答えを聞き、土門はマリコへ頷いて見せた。
「東雲医師は保険のために、あなたとの会話を全て録音していました」
マリコがタブレットから音声を再生すると、細かな殺害方法を指示する声が聞こえてきた。
「三希さん。これはあなたの声ですよね?否定するなら、声紋鑑定もできますよ」
「…………ちっ。あと少しだったのに」
腹の底から響くような低い声。暗い目。感情の消えた能面のような顔。
今までの三希とは別人の男がそこにいた。
「あなたは母親を殺害してまで、遺産を手に入れたかったんですか?」
「母親?」
マリコの言葉に三希は鼻で笑った。
「あんな売女、母親でも何でもない。何かにつけて男、男、男。男に頼ってすがって捨てられて、それに振り回され続けた俺の人生はたまったもんじゃなかった。ようやく大人しく後家に収まったんだ。しかもこんな金持ち。あの女にしちゃ上出来さ。後は金さえもらえば、あの女に用はない」
玲一、礼二もさすがに言葉がないのだろう。ただ黙っているだけだ。
沈黙を破ったのは土門だ。
「お前がどんな人生を送ってきたのか、俺は知らん。苦労もしたんだろう。だが、甘えるな。自分だけが不幸だなんて、そんなのは思い上がりだ。俺たちはお前よりずっと辛い地獄を生きてきた人たちを、これまで何人も見てきた。それでも犯罪に手を染めない人間はいる。どんな理由があろうと、お前は許されない罪を犯した犯罪者だ!」
心のどこかで同情されるのが当たり前だと思っていた三希は、土門の叱責に項垂れた。
マリコは土門の言葉を厳しいとは思わなかった。それが事実だからだ。
人は弱い。
けれどそれに抗い、立ち向かう人もまたいるのだ。
「刑務所でもう一度、ちゃんと向き合え。お袋さんと、自分と」
三希の肩を叩くと、土門は部屋の外に待機していた捜査員へその身柄を預けた。
「くそっ。親父のやつ、なんて女と結婚したんだっ!」
玲一は苦々しく吐き捨てる。
「あなた達も、しばらくはマスコミ対応に追われることになるでしょう」
「いい迷惑だ。だが、こんなことで会社は潰させない。礼二、行くぞ。すぐに役員会議だ!」
荒っぽいのが玉に瑕だが、この兄弟にも真っ当な部分はあるようだ。土門はホッとして、もう会うこともないだろう二人を見送った。