京都殺意の旅
「戻りました」
マリコは科捜研に戻ると、そのまま自分の鑑定室に籠もり採取した物証の鑑定をはじめた。
土門と蒲原は東雲から事情を聞いている。
残りのメンバーが防犯カメラの映像解析を続ける中、一瞬、マリコが顔を出した。
「宇佐見さん。これ、お願いします」
宇佐見は渡されたトレーの中身を見て驚いたような表情を見せたが、すぐに頷くと、こちらも自室へ入っていった。
しばらくして、先に出てきたのは宇佐見だ。
「一致しました!」
その声に、全員が集まる。
マリコもファイル片手に小走りでやってきた。
「やっぱり一致したわね」
「マリコくん、説明して」
「宇佐見さんに鑑定してもらっていたのは、久城夫婦が宿泊していた旅館にあった盆栽の苔です」
「それが一致したって、まさか…」
「はい。多恵さんの着衣の首元に付着していたオオカサゴケと同じDNAを持つ苔でした」
宇佐見が関係結果を皆に見せる。
「それだけじゃないの。これ見て、苔がついていた石なんだけど…」
「この形状どこかで…あ!」
君嶋が慌てて鑑定資料を取り出した。
「久城多恵さんの傷口の形状と似ています」
「ええ。それに、ここ」
マリコは黒々とした石の一点を指差した。
「拭き取られていたけれど、血液指紋がついていたわ。今、被害者のDNAと照合しています」
「そうなると、やっぱり土門さんたちが取り調べている男性が犯人ってことになるんでしょうか?」
亜美はつぶやきながらも首を捻る。
「主治医が犯人だとして、動機がわかりませんよね」
「ええ。彼は遺産相続とは無関係だもの…」
最大の謎の解明は、取調室で行われることとなった。
取調室では、東雲と土門が対峙していた。
「車で二人を送ったあと、何があったんですか?」
「………………」
東雲はずっとこの調子で、何を聞いても黙りだ。
そこへ軽いノックの音が響いた。
「入れ」
扉を開けたのはマリコだ。
「何かわかったのか?」
マリコが頷くと、土門は立ち上がり席を譲った。
「東雲さん、これは多恵さんが来ていた着衣の写真です。この襟元、緑色の物質が付着しているのが見えますか?」
「……………………」
「鑑定したところ、これはオオカサゴケという珍しい品種の苔だということがわかりました。そしてそれと同じ苔がこれにも付着していました。見覚えがありますよね?」
「…………………」
「あなた達が宿泊している旅館に生けてあった盆栽の石です。そしてこの石からもう一つ、重要な証拠を見つけました。それはこの石の底面についた指紋です。しかもその指紋には血液が付着していました」
「!?」
東雲の目が泳ぐ。
「今、この血痕と多恵さんのDNAを照合しています。残るは指紋だけ。あなたの指紋と一致するか、鑑定してみますか?」
「調べればすぐにわかることだぞ?」
土門は腕を組み、じっと男を見下ろす。
この場の誰もが微動だにせす、時を刻む音だけが虚しく響く。やがてその視線に耐えきれなくなった東雲は、ようやく重い口を開いた。
「頼まれたんだ。旦那さまから順に二人を殺してくれって」
「誰にだ?」
「……………………」
この期に及んでまだ沈黙を続ける東雲に、しかし土門は辛抱強く供述を引き出していく。
「車から二人を降ろしたあと、どうした?」
「迎えの場所を確認して別れた」
無言の圧で先を促され、東雲はとうとう白旗を挙げた。
「二人を尾行し、俺はまず奥さんの頭をこの石で死なない程度に殴りつけた。それを見たら、旦那さまはショックで心臓発作を起こすだろうと思ったからだ。案の定、旦那さまは胸を押さえて苦しみ出し、そのまま動かなくなった。俺は悲鳴を上げて逃げ出した奥さんを追いかけた。もう一度殴るつもりだったが、その前に奥さんは倒れてこと切れた」
「それで?」
「それだけだ。俺は停めていた車ですぐに宿へ帰った。そして、石も戻しておいた」
「何故逃げずに、あの旅館に留まっていた?」
「逃げれば逆に怪しまれるかもしれないし、それに」
「それに?」
「約束だったからだ。二人のうち、どちらが先に死亡したか、警察の発表を待つ。それが条件だった」
「何の条件だ?まさか??」
「遺産ね」
マリコが静かに口にした。
ようやく全ての謎が解けた。
この男の黒幕は……彼だ。