アラカルト
「あれ?」
定時一分後、蒲原は綺麗に片付けられた机を見て首を傾げた。
「土門さん……帰ったのか?」
机の主は蒲原の上司、土門だ。
いつもは遅い時間までPCを睨み、報告書と格闘しているのだが、この数週間決まって水曜日は定時後すぐに姿が消える。
「何かあるのか?」
この『水曜日の謎』は蒲原から亜美に伝わり、亜美から科捜研メンバーへと伝わっていった。
もちろん、マリコも例外ではない。
「土門さん、出ないわね……」
マリコは諦めてスマホをしまう。
「今週も『水曜日の謎』ですね!」
亜美は腕を組み、私立探偵のようにふむっと眉間に皺を寄せる。
「謎だなんて。大げさよ。たまたま続けて水曜に予定があっただけじゃないかしら」
マリコは大して気にした様子もない。
土門と連絡が取れない以上、マリコの仕事も今日はもう進めようがない。
「私も帰るわね。お疲れさま」
いつもより早く帰れたマリコは、少し遠くの本屋へ足を伸ばしてみた。
その帰り道。
「あら?」
見慣れた車を見つけたのだ。
「土門さんの車だわ」
そこは総合体育館の駐車場だった。
マリコは入り口から中を覗いてみた。
「ヤー!」
「オー!」
子どもたちの勇ましい掛け声があちこちから聞こえる。どうやら子どもの剣道教室のようだ。
その背後に土門はいた。
「いいか?逃げてばかりじゃ駄目だ。ここぞという時は、全力で打ち込むんだ」
子どもたちの素振りを見守り、声をかけ、指導をしている。
しばらくして、土門はマリコに気づいたようだ。
いたずらを見つかった子供のような顔をして、近づいてきた。
「何でこんなところにいるんだ?」
「本屋の帰りよ。『水曜日の謎』の答えはこれだったのね」
「水曜日の謎?」
「何でもないわ。土門さんこそ、どうして?」
「この教室の師範は俺の大学の先輩でな。少し前から体調を崩して入院中なんだ。それでピンチヒッターを頼まれた」
「そういうこと……。ね、しばらく見学していてもいいかしら?」
「かまわん。好きにしろ」
体育館の端に座ったマリコが見ていると、土門はなかなかに大変そうだった。他に指導者がいないため、やんちゃなちびっ子たちの世話から、親たちへの対応、後片付けまで一人でこなしている。すべてを終え、管理室へ鍵を返し終えたときには21時を過ぎていた。
刑事という激務の後で、これはかなりの負担ではないか……マリコは、土門へ提案した。
「私、手伝ってもいい?」
「仕事はどうするんだ?」
「それを言うなら土門さんだって同じでしょ?」
「そりゃそうだが……」
「私が居たら邪魔?」
「そんなわけあるか。正直、助かる」
「でしょ?」
マリコは嬉しそうに笑う。それからはマリコも『水曜日の謎』の仲間になった。
マリコの主な仕事は、救急手当と後片付けだが、土門が指導に集中できるように、手伝えることは何でもやった。最近では、子どもたちから「マリコ先生」などと呼ばれ、本人もまんざらではないようだ。
「よし。今日はここまで!」
「ありがとうございました!」
一列に並んで挨拶を終えると、子どもたちは帰り支度を始める。
「気をつけて帰れよ」
「さようならー」
子どもたちは、次々と迎えに来た父兄とともに帰っていく。
「ねー。土門せんせーと、マリコせんせーってコイビト同士なの?」
一番最後に母親と手を繋いだ女の子が立ち止まり、無邪気な顔ですごい質問をした。
「は?な、何を言ってるんだ」
なぜか土門は狼狽える。
「だってママが『絶対そうよ』って言ってた……」
「こら!帰るわよ。すみません。失礼します」
母親は慌てて子どもを抱え、挨拶もそこそこに逃げ出す。
「私たちってそんな風に見えるのかしらね」
「嫌なら、もう手伝わなくていいぞ」
「え?別に嫌じゃないわよ」
なんてこともなく答えるマリコに、土門は息を飲む。
「嫌じゃない……のか?」
「ええ」
「それは……………」
「いや、まて。冷静になれ」と土門の中の土門が忠告する。
マリコのことだ。
誤解されるのが嫌じゃないというだけで、そういう関係になってもいいとは思ってはいないだろう。
「何?何を言いかけたの?」
「別に。何でもない」
「ふーん」と答えるマリコは無表情だ。
「土門さんは嫌?私と恋人同士に思われたら」
「ん?そんなことより、早く片付けよう」
土門は答えをはぐらかし、床にモップをかけていく。
マリコは竹刀を一本持つと、土門の目の前に立って構えた。
「榊?」
「逃げてばかりじゃ駄目なのよね?」
「……何が言いたい」
「今はここぞという時じゃないの?」
「ヤァー!」と声を上げ、マリコは見様見真似で竹刀を振り下ろす。しかし、剣先は土門に簡単に止められしまった。逆に竹刀を引っ張られ、マリコはバランスを崩す。
「あっ……」
前のめりになった体を土門が受け止めた。
「それが全力か?もっと腹に力を入れて打ち込まないと、かすりもしないぞ」
「素人なんだから仕方ないでしょ。離して」
「断る」
暴れるマリコを、さらに強く土門は抱きしめた。
「土門さん?」
「お前の言う通りだ。逃げてばかりじゃ駄目だよな?」
土門の手がマリコの頬を包む。
「全力で行かせてもらう。嫌とは言わせない」
近づいてくる顔に、マリコは囁く。
「嫌なんて言わな……………」
言葉は続かない。続けられなかった。
「好きだ」
「順番が逆よ」
赤い顔でマリコは睨む。
「お前の返事は?」
「来週の水曜日に言うわ」
「来週の教室は休みだぞ?」
教室は月4回。来週は5週目になるので、休みだ。
「知ってるわ。だから来週は仕事が終わったらここじゃなくて……私の家に来て」
『水曜日の謎』はもうしばらく続きそうだ。
fin.
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