アラカルト
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120000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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「悔しいけど、それでも好きだった」
彼岸の入りに当たる今日、マリコと土門は並んで石段を上っていた。
マリコの手には白菊を中心とした花の束と、お線香。
土門の手には水の入った桶がある。
初めて二人で有雨子の墓参りにやって来たのだ。
冒頭のセリフは、マリコのものだ。
お互いに過去の男女関係は多い方ではないだろう。
それでも全く無かったわけではない。
マリコには倉橋という夫がいたし、土門にも有雨子という伴侶がいた。
『では、その他には?』
何故かそういう話の流れになった時、土門は、木場という警部の存在を持ち出したのだ。
「当時の私は、木場さんにしてみれば娘みたいなものだったんでしょうね。でも私は…。木場さんへの気持が何なのか…よく分かっていなかった。でも多分、木場さんは気づいていた。そして気づいていていたくせに、知らんぷりして逝ってしまった。おかげで、今でもこの気持ちは宙ぶらりんのままだわ」
「そうか」
その一言だけで、土門は黙ってしまった。
無言のまま足を進め、一つの墓石の前で土門は立ち止まった。
「ここ?」
「ああ」
「綺麗にお掃除されているわね」
「住職がしてくれているんだろう」
「お花、飾りましょう?」
「ああ」
二人は備え付けの花瓶を水ですすぎ、持ってきた花を活けた。
お線香に火を灯すと、独特の香りと、白煙が立ち上る。
「土門さんからどうぞ」
「ああ」
土門は一歩踏み出すと、線香の束を受け皿に乗せた。
そして元の場所に戻る。
マリコもそれに続いた。
二人は改めて墓石の前に並ぶと手を合わせた。
しばし、静寂の時が流れる。
『有雨子に伝えたいことがある』そう思っていたはずの土門だったが、気づけば心は上の空になっていた。
“宙ぶらりん”
マリコのその一言が気になって仕方がないのだ。
合掌を解くと、マリコがこちらを見ていた。
「何を伝えたの?」
「お前は?」
「え?…初めてお参りしたからご挨拶と、自己紹介と、それから」
言いよどむマリコ。
「ん?」
「ど、土門さんに、お世話になっています…って!私ばっかりズルいわ。土門さんは?」
赤くなった頬を誤魔化すように、マリコは早口で聞き返す。
「何も」
「え?」
「お前の言葉が気になって、何も伝えられなかった」
「私の言葉?私、何か言った?」
「宙ぶらりん」
「え?え?」
「お前、もしかして本当はまだ木場警部のことを?」
マリコは驚きに目を見開く。
「何言ってるのよ!そりゃ、気になったままのお別れだったからスッキリはしないわ。でも、だからってずっと引きずっているはずないでしょう?」
土門は憤慨するマリコの手を、唐突に握った。
「有雨子、こいつは俺の大事な女だ。お前に紹介したくて連れて来た。本当はお前に色々伝えようと思っていたんだが、こいつの過去の男が気になってな。それどころじゃなくなっちまった。悪いな、元夫がこんな小さな男になっちまって…」
土門は墓石に向かって自嘲する。
「分かるだろう、有雨子。それだけ、俺はこいつに惚れてる」
「土門さん…」
「お前は?」
「え?」
「お前はどうなんだ?木場警部だけじゃない。倉橋室長のことだってある。お前の本心を聞かせてくれ」
「……………」
マリコはしゃがみ込むと、夕雨子の墓に再び手を合わせた。
「おい、榊!」
「有雨子さん。私には今、とても大切な人がいます。私はその人のことしか見えていないのに、それが伝わっていないみたいです。どうしたらいいのかしら?有雨子さんもよく知る人なんですよ、その人は」
それはマリコから土門への遠回しな答えだった。
「それは…俺のことだと思っていいのか?」
頭上からの問いかけに、マリコは立ち上がる。
土門に向き合うと、『当たり前でしょう?』と呆れたように答えた。
そして、少しだけ距離を縮めて。
マリコは土門の耳元に内緒話を伝えた。
「大丈夫、もう他には誰も居ないから」
fin.