アラカルト
99000番さまへのお礼
99000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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「こんなところで、どうしたの」
突然声を掛けられ、土門は動けなくなった。
最悪だ…。
こんな時間に、こんな場所で会うなんて。
言い訳したところで信じてはもらえるまい。
土門は観念したかのように、目を伏せた。
「土門さん?」
「飲んだ帰りだ」
「ひとり…?」
ではなかった。
土門の背後には派手な髪型にワンピース姿の女が寄り添っていた。
ここは所謂ホテル街だ。
しかも時刻は午後11時を過ぎている。
水商売系の女を連れてこんなところに居るということは。
このあとの流れは誰にでも簡単に予想できる。
当然マリコもそう思ったのだろう。
会話が続かず、困ったように土門の顔を見ている。
「お前こそ、何をしている?」
聞くだけ野暮な話しだ。
マリコはおなじみの赤いアウターを手にしているのだから。
「私は…仕事の帰りよ」
「相変わらず、真面目だな…お前は」
吐き捨てるような感想に、マリコは眉を潜めた。
「もしかして絡んでいるの?だったら今夜は早く帰ったほうがいいんじゃない?飲みすぎよ…」
ちらり、とマリコは土門の背後の女に目を向ける。
女は土門の腕を引き、早く立ち去ろうと促している。
しかし土門はまだ立ち止まったままだ。
「余計なお世話だ。俺だって酒に溺れたい日も、女を抱きたいときもある。それとも…」
土門は徐にマリコへ手を伸ばし、その腕を掴む。
「いたっ!」
マリコの悲鳴も気に留めず、勢いよくその腕を引いた。
二人の顔が、至近距離に近づく。
「お前が相手をしてくれるのか?」
吐き出された酒気の匂いに、マリコは顔を背け、土門の腕を振り払った。
「どうなんだ?お前が今夜一晩俺の相手をしてくれるなら……」
こいつは帰す、と土門は後ろの女を顎でしゃくった。
「ちょっと!」
それまで黙ってことの成り行きを見ていた女が、堪らず割り込んだ。
「約束が違うわ!そんな女放っておけばいいでしょ。さっさと行きましょうよ!」
女は土門のジャケットを引っ張り、手近なホテルの入口を目指す。
「榊、答えろ」
「……………」
二人は睨み合ったまま、膠着状態が続く。
もう土門の瞳にはマリコしか映っていない。
「もう!あんたは、あたしを買ったんだろう?それなのに、この女に乗り換えるなら契約違反だよ!」
とうとう痺れを切らした女は、小ぶりのバッグからスマホを取り出し、どこかへ電話をかける。
「もしもし、K?」
相手とはすぐに繋がったらしく、女は尖った声でわめきだした。
「このオヤジ、契約違反だよ!すぐに………えっ?」
話している途中でスマホを奪われ、女は驚いてその行方に目を向けた。
スマホを奪ったのは土門だ。
「お前がKか?ようやく見つけた」
土門は女のスマホに語りかける。
「俺か?俺は京都府警の土門だ」
土門は相手に名乗った。
「なっ!?サツか!!!」
土門の正体を知るや、女は脱兎のごとく逃げ出した。
「お前には売春斡旋とは別に、ラブホテル経営者殺害の容疑もかかっている。もうすぐ捜査員が到着するだろう。言っておくが、逃げんほうがお前のためだぞ?」
そう言い含めると、土門は通話を切った。
「奴の居場所は特定できたか?」
「ええ。近くで捜索していた捜査員が、もう確保に向かっているらしいわ」
マリコは無線から流れてきた情報を土門に伝えた。
「でもあの女の人は逃してしまって良かったの?」
「ああ。どうせすぐに売春名簿から身元が割れる。しかし、すまなかったな。手荒な真似をして」
土門は、力任せに掴んでしまったマリコの腕を労るように擦った。
「大丈夫よ。ちゃんと加減してくれてたじゃない」
バレていたのか…と、土門は片眉を上げた。
今夜はKと呼ばれる犯罪組織の元締め確保のために、京都府警をあげての大捕物が行われたのだ。
二人はKの居場所を特定するため、一芝居打ったという訳だ。
「あ!確保したそうよ」
無線から流れてきた朗報に、二人は安堵の笑みを浮かべた。
「さて、明日からいよいよ本格的な取り調べだ。証拠品の鑑定もかなりの数あるだろうな」
「ええ。お互いに忙しくなるわね」
「ああ。…もうこんな時間か!」
土門の腕時計は、すでに午前1時を回っていた。
「榊、送っていく」
「ありがとう。でもここからだと、土門さんのマンションのほうが近いわね?」
その言葉に、土門は一瞬目を見開き。
そっとマリコの手を握った。
「だったら、俺の部屋へ来るか?そして、今夜一晩、俺の相手をしてくれないか?」
同じ意味のセリフでも、全く異なる声色の誘い。
「一晩…は無理よ?」
正直な答えに、それでも土門はニヤリと笑う。
「できるだけ善処する」
そういうと、土門は歩き出した。
繋いだ手は今度こそ振り払われずに、きゅっと握り返された。
fin.