アラカルト




77777番さまへのお礼



77777番を踏んでいただき、ありがとうございます!


**********


「花なんか別に好きじゃなかったんだが……」

ぶつぶつ言いながら、土門は鉢植えに水をやる。
土に染み込む様子を暫く眺め、最後に角度を調整する。


太陽に向けて。





「土門さん、ノルマですから。一人ひと鉢、お願いします」

総務課の婦警に、なかば無理矢理押し付けられたのはひまわりの鉢植え。
何でも、夏休みに予定していたイベントで配るために用意していたらしいが、こんな世相故、中止を余儀なくされたらしい。

仕方なく署員総出で持ち帰ることとなったのだ。

「こいつ、でっかくなるのか?」

「あ、いいえ。ミニひまわりなので伸びても40㎝くらいだと思います」

「そうか」

それなら窓辺に置いても、天井まで伸びることは無さそうだと、ひとまず安心する。

土門はその時考えた通り、ただ窓辺に鉢植えを置き、あとは気まぐれに水を与える以外何もしなかった。


それから一週間がたったころだろうか。
土門はひまわりの変化に気づいた。

茎が不自然にカーブしているのだ。

「なんだ、いったい?」

しかしその時は、それ以上は気にも止めず、また数日が過ぎた。

ひまわりの茎はまっすぐに戻るどころか、さらに曲がっていた。

土門は気まぐれにその理由を調べてみた。

「……ほう!なるほど。太陽の方角に向かっていたのか」

ひまわりは窓辺に置いてはあるが、ちょうどそこは隣の建物の影となっていた。
だからひまわりは茎を曲げ、より陽の光を受けようとしていたのだ。

生命の生きる知恵だ。
ひまわりは知っているのだ。
生きていくために何が必要で、それを得るためにはどうすればいいのか。

土門は曲がった茎を眺める。
植物でも分かることを、自分はずっと気づかずにいた。
いや、気づかないようにしていたのかもしれない。

ひまわりに教えられた。
お前に必要なものは何か?
お前が本当に欲しいものは何か?
そして、それを手にいれるためなら格好なんて気にするな、とも。

土門は鉢植えの場所を移動した。


太陽の光が降り注ぐ真下へ。





ある日、土門はマリコを呼び出した。

「榊、今夜は残業か?」

「いいえ。定時で帰れるわよ」

「そうか…。それなら、俺の家に来てくれないか?」

「うん、……いいけど。どうしたの、改まって?」

「気づいたんだ……」

土門はマリコの左手を取り、ぎゅっと握りしめた。

「気づいたんだ。ひまわりに必要なモノが何か。そして、そのためにどうするべきかも」

「……なんのこと?」

マリコは問い返すが、土門は答えてはくれなかった。




その夜、部屋へやって来たマリコを、土門は無言で抱き上げ、寝室へと連れていった。

枯渇していた土に水が染み込むように、土門はマリコを求めた。
だが、水だけではひまわりは生きてはいけない。
太陽という道しるべが必要なのだ。

「榊……」

幾度も幾度も自分の名前を呼ぶ土門の姿に、マリコは求められる喜びを知った。
だからこそ、今度は自分が与えるべきだと悟った。

土門のために。
自分という、光を……。



翌朝、先に目覚めたマリコは窓辺に咲くひまわりに気づいた。
太陽の光をいっぱいに浴び、まっすぐ上に伸びるその姿は、マリコにも某かの影響を与えたようだ。

マリコは左手を太陽に翳す。
煌めくそれは、昨夜、眠るマリコに土門がサプライズではめたものだ。
けれど、本当はマリコは気づいていた。
でも目を開けて確かめることはできなかった。

『夢かもしれない』

しかし目覚めた今もそれは朝日を反射し、キラキラとマリコの手のひらで輝いている。

マリコはそっと両手を合わせ、胸元に引き寄せる。

『……ようやく、手に入れた』




「榊、起きていたのか?」

バツが悪そうな顔で土門はマリコへ声をかけた。
左手の贈り物へ、マリコがどう反応するのか、やはり気になっているのだ。

マリコはその左手を伸ばし、ひまわりの花に触れる。

「なんてキレイなのかしらね?」

土門は目を瞠る。

「気に入ったか?」

しかし、マリコは答えない。



「土門さん、ひまわり…好きだったの?」


――――― 貴方だけを見つめる。


マリコの瞳が土門を映す。


――――― 貴女だけを見つめる。


土門もマリコを見つめ返す。


――――― あなただけを見つめる。


それは、ひまわりの花言葉。


互いの姿を映した瞳は、いつの間にか閉ざされ、二人の輪郭がぴったりと重なる。


「さあ、どうだったかな?」




fin.



11/41ページ
like