アラカルト




66666番さまへのお礼



66666番を踏んでいただき、ありがとうございます!


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下鴨の一等地には、一軒の中国茶寮が店を構えている。
料理も隣に侍る女性もハイグレードなこの店のオーナーはワンという中国人である。
色々と黒い噂の絶えない大物青年実業家ではあるが、過去に土門とマリコに協力し、事件解決に一役買っている過去も持つ。
特にマリコを気に入っており、何かとちょっかいをかけるのだが、本気なのかからかっているだけなのか…。
腹の底が見通せない曲者である。

その王から招待を受け、マリコは今、中国茶寮「one」で彼と向かい合っている。






「それでですね、マリコさん。中国では、今日ウーアルニイ日は語呂合わせで『我爱你ウォ・アイ・ニー』と読むんですよ」

「へー、そうなんですか?」

「『へー』……って」

見ればマリコは、「それが何か?」といった表情かおをしている。

「王さん?どうかしました?」

急に黙ってしまった相手に、マリコは首を傾げる。

「マリコさん、『我爱你』の意味……わかりますよね?」

そう言いながら、王の手はさり気なくテーブルの上のマリコの手に近づく……。

ぎゅむっ。

タァン!(いてっ)」

王は抓られた手の甲を摩る。
そしてつねった男を見上げ、いつもの嫌味を一言。

「ナニするネ!ドラえもん!!」

「だから俺はドラえもんじゃない!土門だっ!!」

土門は毎回律儀に訂正を繰り返す。


「土門さん、遅かったわね」

その声に土門が視線を向けると、少しだけ不機嫌そうにマリコは眉を寄せていた。

「すまん。藤倉部長に呼ばれてな」

「何かあったの?」

「いや、報告書の確認だけだ」

「そう…」

マリコはほっとする。
それならば、再び戻る必要はないだろう。

「ところで、今日は俺たちに何の用だ?」

土門はマリコの隣にどっかりと腰をおろした。

「ドラえもんに用はナイヨ」

「だーかーら!…というかお前、さっきまで榊と普通に喋ってただろう?見ていたぞ」

「バレてましたか!」

王は苦笑する。
彼は日本語を流暢に操ることができるのに、時々カタコトの日本語を喋る。
趣味なのか、相手をバカにしているのか…それは土門にも分からない。

「今日はうちの新作コースメニューをマリコさんに試食していただこうと思って、ご招待したんです。それなのに……」

じっとりと、王は土門をねめつける。

「何だ?」

「マリコさんが、ドラえもんも一緒じゃないと来てくれないと言うので、仕方なく…」

「………要するに、俺はオマケか?」

「大当たり!」

「💢💢💢」

土門の眉がピクピクと動く。
それを楽し気に眺めた王は「ごゆっくり」とマリコへ極上の笑みを見せ、店の裏へと消えた。

順に運ばれてくる料理はどれも絶品で、土門でさえ唸るほどの出来だ。
食事を楽しみながら、土門は思い出したようにマリコへたずねた。

「さっき、王と何を話していたんだ?」

「え?ああ…語呂合わせの話よ」

「語呂合わせ?」

「ええ。日本でもあるじゃない、6月4日は『虫歯予防デー』とか」

「ああ。今日も何か語呂合わせがあるのか?」

「そうらしいわね。中国だと5月20日は…語呂合わせで……『我爱你』と読むらしいわ」

マリコの声が段々と小さくなる。

「我爱你?」

「ええ。だからね。その、つまり…。『…………の日』だそうよ」

「すまん、聞こえなかった………榊?」

見れば、マリコは俯いていた。
さらりとかかる髪の隙間からのぞく耳は真っ赤だ。

「どうした?気分でも悪いのか?」

「だ、大丈夫。あの、今日はね……」



“ぶっすー!”(。-`ω-)

店の裏手。
瀟洒な自室のデスクで、王は腕と足を組み、ひどく不機嫌な様子で目の前のモニタを見ている。
そこにはテーブルの花に仕込まれたカメラから、土門とマリコの様子が映っていた。

「私が話したときは、『我爱你』のセリフにもケロリとしていたのに…。何でドラえもんが相手だと、こんなに可愛らしい顔をするのかなぁ、マリコさんは。実に面白くない!」

ぶつぶつと文句を言い続ける王に、少し離れたデスクで仕事をしていた女性秘書は苦笑いが止まらない。

たしかに、モニターに映るマリコは真っ赤な顔で必死に土門へ説明を続けていた。

『今日はね、中国では……“愛してるの日”、なんですって……』

『え?そ、そうか……』

何が気まずいのか、モニターの二人は急に黙りこんでしまった。


「やれやれ……。世話の焼ける人たちだ。彼らに極上品のシャンパンと、マリコさんにこの花を届けてくれ」

秘書は頷くと、王から受け取った花とシャンパンを手に二人のテーブルへ向かった。



二人は相変わらずよそよそしい仕草で、料理もあまり進んでいない様子だ。

「榊さま、土門さま、お料理がお口に合いませんか?」

「いいえ!美味しいです」

「ええ。どれも絶品だ」

「それは良かったです。こちらは王から、お二人に」

上等なシャンパンがテーブルに置かれた。

「そして、こちらは榊さまに。お帰りの際にはお持ち帰りください、とのことです」

秘書はカメラを仕込んだ花の代わりに、ピンクのカーネーションがハート型に並んだアレンジメントをテーブルに置いた。

「そんな、申し訳ないです……」

秘書はふっと微笑むと、「幸せな『愛してるの日』をお過ごしください」、そう言って踵を返した。


カメラを仕込んだアレンジメントは回収されてしまったため、今の二人の様子は王には分からない。

王は戻ってきた秘書にたずねた。

「二人の様子はどうだった?」

「さあ?」

「『さあ?』とは、どういうことだ?」

「……ボス」

秘書は声を低く続ける。

「日本の慣用句にもありますよね?『人の恋路を邪魔するやつは…』。しつこくすると、榊さまに嫌われますよ?」

普段物静かな秘書の痛い指摘に、王は言葉に詰まる。

実は秘書は去り際、背後で交わされていた二人の会話を切れ切れながらも聞いていた。

「今夜…俺の部屋で……」

「でも……」

「今日は……の日なんだろう?だから……」

「……てる、って言ってほしいの?」

「……聞きたいな」

「そんな……恥ずかし……」

「…駄目か?……」

その先は聞こえなかった。
秘書がそっと振り返れば、二人はテーブルの上で手を重ね、幸せそうに見つめ合っていた。

国が違えど、想い合う二人の合言葉は同じだ。

時には素直に伝えよう……。
『愛してる』って。





「土門さん、愛してる」

「俺もだ」

「あ、ずるいわ!」

少し唇を尖らせた後で、クスクスと笑うマリコ。

彼女が閉じ込められている、そこは……土門の腕の中。




fin.





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