アラカルト
55555番さまへのお礼
55555番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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――――― あなたの恋は何色ですか?
そう尋ねられたら、何と答えるだろう?
「マスターはどう思います?」
マリコは目の前のジンライムから、カウンター越しの男性へ視線を向ける。
シェイカーを入念に手入れしていたmicroscopeのマスターは手を止めた。
「そうですね…。例えば。榊さま、土門さまとお食事をなさるとき、どんな気持ちですか?」
「え?それは楽しみです」
「その感情は何色でしょう?」
「うーん、ピンクとか赤とか、かしら」
「暖色系の色ですね。では、今夜のように会えなくなってしまったときはどうですか?」
そう。
今夜microscopeで待ち合わせていた二人だったのだが、土門に急な仕事が舞い込み、約束が流れてしまったのである。
「……………」
マリコは伏し目がちに考える。
「ブルーな気持ち、かしら?」
「なるほど、寒色系ですね。どちらの感情も恋をしている色だとは思いませんか?」
「そうね。こんな風に何色にも気持ちは揺れる……まるで虹の七色ですね」
「ニャー」
「あら!?」
するりとマリコの隣、いつもなら土門の定位置に現れたしなやかなフォルム。
「オパール!」
「榊さまに自分の名前を呼ばれたと思って、出てきたんでしょう」
「確かにお前の瞳は七色だものね」
「ニャァ」
「オパール、元気だった?」
しばらくゴロゴロと喉をならし、マリコにすり寄るオパールだったが、ピンと耳を立てると、するりとマリコの腕の中から抜け出した。
そして、まるでマリコを呼ぶように尻尾をふる。
「なあに?ついてこいって言ってるの?」
オパールは身軽にカウンターを飛び越え、店の裏口へ向かう。
「榊さま、構いませんよ。オパールを追ってください」
「すみません、マスター」
マリコもカウンターをくぐり、裏口を出た。
「ニャァ~」
するとオパールが街灯の辺りを向いて、小さく鳴いた。
ほの暗い灯りの下にいるのは土門だった。
「土門さん?今夜は来られないって……」
どうやら土門は誰かと電話の最中らしい。
「俺が居なかったら、藤倉部長にでも聞けばいいだろう?少しは自分の頭で考えろ!いいか、今日はもう署には戻らない。大事な用があるんだ。緊急時以外、電話もするな!わかったか!!」
荒々しく通話を切ると、土門は一人毒づく。
「くそっ!どいつもこいつも邪魔しやがって……」
スマホを確認すれば、キャンセルの連絡をしてから随分と時間が経っていた。
今もここに彼女がいる可能性は低い。
それでも来ずにはいられなかった。
……………逢いたかった。
土門はmicroscopeへ足を向ける。
「いけない!戻らなきゃ……」
マリコとオパールは急いで店内へ戻る。
土門より先にカウンターの席に戻ったマリコは、頬杖をつき、土門の到着を待つ。
さっきのことはそ知らぬふりをして、不機嫌な様子を装う。
一方、早足で店内に足を踏み入れた土門はカウンターの奥に求めていた人形を見つけ、ほっとした様子を見せる。
「土門さま、いらっしゃいませ」
「こんばんは、マスター。榊、まだ居たのか?」
「あら、居たらいけない?」
「いや。もう帰ったと思った」
「帰るつもりだったわよ。でも気分が良くないから飲んでいたの。悪い?」
ツンとしたマリコに、土門は苦笑するしかない。
「いや。だがもう遅い。帰ろう……送るから」
「……わかったわ。マスター、ご馳走さまでした」
マスターは会釈し、二人を送り出す。
オパールの姿はいつの間にか消えていた。
「ねえ、土門さん」
車窓を流れる景色を目に映しながら、マリコは土門の名を呼ぶ。
「ん?」
「送ってくれるのよね?家とは違う道だわ。どこに行くの?」
この道路を進めば行き着く先が何処か、なんてマリコはよく知っている。
それでも聞いてみたのだ。
「俺の家だ」
「送ってくれないの?」
「俺の家では駄目なのか?」
「だって今日の約束は反故になったじゃない。予定通り家に帰るつもりだったんだけど?」
「嫌なのか?」
「……………」
「榊?」
土門は一瞬、隣のマリコへ視線を向ける。
「一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「キャンセルの連絡をしたのに、どうしてmicroscopeに来たの?」
「答えたら、うちに来るのか?」
「答えによるわね」
土門は一つ先の信号を曲がり、街灯の途切れたの路肩に停車した。
シートベルトを外すと、助手席に身を乗り出す。
「土門…さん?」
急に近くなった距離にマリコは戸惑う。
「お前に。……お前に、逢いたかったからだ」
土門の腕が伸び、マリコの頬に触れる。
「待っているかどうかは賭けだった。だが今夜はどうしても、お前の顔が見たかった」
「それが……大事な用なの?」
「聞いていたのか!?」
「オパールに外に連れ出されたら、土門さんがいたのよ」
「オパール?ああ、マスターの猫か。なあ……」
「なあに?」
「あいつにはいつも見透かされているようだな」
「オパールの正体、実は魔法使いだったりして!」
『ふふっ』と楽しそうに笑うマリコが可愛くて。
我慢できずに、その頬に唇を寄せた。
柔らかな感触が、土門の尖っていた気分を和らげる。
「あ、ズルいわ。まだ尋問中よ!」
「もう答えただろう?もしmicroscopeに居なければ、お前の家までいくつもりだった」
「土門さ、ん?」
急に真摯な瞳に射ぬかれる。
「逢いたかった、どうしても。そばに居て…触れ合いたい。だから、榊。俺の部屋へ来い」
そんな風に言われたら……拒めない。
ブルーから赤へ。
マリコの恋は変色していく。
まるで、リトマス試験紙のようだ。
「わかったわ……」
不服そうに、マリコは薄い唇を少しだけ尖らせる。
それを見た土門は声を出さずに笑う。
ふと、マリコは思った。
――――― 土門の恋は何色だろう?
今の自分と同じなら……嬉しいのに。
沢山の幸せと、ほんの少しの不安。
揺れ動く気持ちにあわせて、色は様々に変化していく。
やっぱり、恋は七色だ。
「ニャァー」
fin.