アラカルト
44444番さま&45000番さまへのお礼
44444番&45000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
**********
<振り向いて 後ろ姿に 込める想い>
事件の後、土門さんと歩いて帰ることがある。
二人で並んで事件の感想を語り合ったり、関係者の行く末を案じたり、とりとめもない話をする。
土門さんは背が高くて。
本当は私よりずっと歩くのが早い。
でも、二人で歩いているときは、私の歩幅に合わせてくれる。
けれど、時々。
ふとした拍子に追い抜かれることがある。
冗談を言って逃げるふりの土門さんなら追いかけられる。
でも、そうじゃないときは…。
「お前に話せるような事はない」
追いかけたくても、追いかけられない。
たとえ追いかけたとしても、きっと追いつけない。
目には見えない壁に阻まれて。
そんなときは、どうしたらいいのか分からない。
だから、ただ黙って少し後ろを歩いていく。
さっきまで同じ先の景色を見ていたはずなのに。
今は広い背中しか見えない。
ひと度事件になれば、私を守ってくれる大きくて優しい背中。
でも時には、冷たく拒むように視界を遮る。
――――― 同じ景色を見るな。
――――― 今は隣にお前の居場所はない。
そんな風に背中が語っているみたい。
『どうか、振り向いて……』
声にはできない願いを送る。
『他の誰かを追わないで』
目頭が熱くなる。
『私を。……私だけを見て』
「何してるんだ?」
カツン。
靴音を響かせて土門は立ち止まり、振り返る。
マリコは心臓が止まりそうなほど驚いた。
大きな瞳を更に見開く。
「早く来い…と、もうこんな時間だな……。晩メシどうする?」
「もちろん、行くわ!」
「お前……奢らせようと思っているだろう?」
「あら、駄目なの?」
悟られないように答えたけれど、マリコの頬の熱は上昇を続ける。
土門は眉をあげ、苦々しく笑う。
「……………」
「ねえ!」
無言のまま、また歩きだした土門を、今度は追いかける。
そして追いつき、スーツの袖を掴むマリコに土門は視線を向けた。
「仕方のないやつだな……」
その返事に『ふふっ』とマリコは笑う。
頬を赤くしたまま、隣に並んだマリコは嬉しそうだ。
本当に仕方のないやつだな……。
俺がずっと見続けているのは、今はお前だけだと。
――――― いつになったら気づくんだ?
<一度だけ あなたの瞳に うつりたい>
何も考えずただ足を動かし続けていたら、いつの間にか榊より前を歩いていた。
つかず離れずの距離を保って、榊は俺の後ろを歩いている。
少し、歩みを緩めた。
それでも榊は追いついてこない。
――――― ?
――――― なぜ隣に来ないんだ?
わざと後ろを歩いているようにしか思えない。
いつもは俺の隣で。
あの大きな瞳をくりくりと動かし、笑ったり、拗ねたり、くるくる変わる表情を見せてくれる。
その度に、事件で疲弊した気持ちが少しずつ上向いていく。
いつの間にか、今の俺にはなくてはならない時間。
絶対に失えない存在だ。
「何してるんだ?」
足を止めて振り返った。
何故か、榊は今にも泣きそうな顔をしていた。
何があった?
何が不安だ?
何がお前にそんな顔をさせる?
心がざわめく。
情けないが、こんな方法しか思いつかない…。
俺はいつもの話題をふった。
榊の笑顔が見たかったからだ。
「早く来い…と、もうこんな時間だな…。晩メシどうする?」
「もちろん、行くわ!」
「お前……奢らせようと思っているだろう?」
「あら、駄目なの?」
段々と頬を上気させるマリコに、土門はほっと安堵し、苦笑する。
「……………」
「ねえ!」
その顔を見られたくなくて、土門は黙ったまま足を動かす。
今度は追い付き、マリコは土門の袖口を掴んだ。
「仕方のないやつだな……」
土門はマリコの顔を見下ろす。
その瞳には自分がうつっていた。
少しだけ不機嫌そうな顔をしているのは、もちろんわざとだ。
こうして、何度マリコの瞳にうつる自分の姿を見ただろう。
『一度だけ、その瞳にうつれたら……』
そう願っていた頃もあった。
でも、今は。
もう一度、もう一度…と、何度も願う。
欲張りだと分かっていても、やめられない。
土門の返事に、『ふふっ』とマリコは笑う。
頬を赤くしたまま、隣に並んだマリコは嬉しそうだった。
やっと追い付いた。
――――― 土門さんに。
振り向いてくれた。
見てくれた。
――――― 私を。
fin.