アラカルト
43000番さまへのお礼
43000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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「鳴ってるぞ?」
「え?」
府警からの帰り道。
並んで歩く土門に指摘されて、バッグからスマホを取り出す。
「あっ……」
発信者を確かめると、マリコは驚きの声を上げた。
そして、急いで画面を隠すようにスマホを傾けると電話を切った。
「いいのか?出なくて?」
「あとで……連絡しておくから」
まるで後ろめたいことでもあるかのように、マリコは土門から視線を逸らせた。
「…………」
ちらりと見えた画面には、『馨』という文字が見えた。
自分と同じ読みの名前だが、大抵は女性に使われることが多い。
そう考えると相手は女性のように思われるのだが……。
それにしてはマリコの様子がおかしい。
「土門さん」
「なんだ?」
「その顔……」
「顔?」
「俺には何でも話せ、って言おうと思ってるでしょう?」
土門は苦笑する。
「言えば話すのか?」
「うーん、分からないわ」
「そうか……。まぁ、話したくないことだってあるだろう。今日は、無理に話せとは言わないさ」
土門は前を見据えている。
でも本当はもっとずっと遠くを見ているようにマリコには感じられた。
「土門さん!」
「ん?」
「あ、………何でもないの」
何となく土門が何処かへ行ってしまいそうな気がして……マリコは無意識に伸ばした手を慌てて引っ込めた。
そんなマリコの様子に気づいた土門は、引っ込められた手を逆に引っ張り出した。
そして指と指を絡める。
いつもと同じ繋ぎ方。
いつもと変わらない温もり。
それはマリコをひどく安心させた。
「あのね、土門さん」
「ん」
「前に和歌山で事件に巻き込まれた話、したでしょう?」
「……ああ。そんなこともあったな」
「今の電話…その時、一緒に捜査してくれた刑事さんなの」
「そうか。だったら何故電話に出ないんだ?」
「その刑事さん。土門さんと同じ『馨』という名前なの」
「…………」
「私、その人…熊谷刑事に土門さんの話をしたわ。刑事の中の刑事だ、って言った」
「俺が、か?そりゃ随分持ち上げられたもんだな」
土門はおどけたように眉を上げる。
「熊谷刑事の名前を見て、その事を思い出したのよ。そうしたら、今は出られない、って思ったの」
「何故だ?」
「私が熊谷刑事に話したのは、刑事としての土門さんのことよ」
『でも……』とマリコは土門を見上げる。
「今の土門さんは刑事なだけじゃなくて、私の……」
そこでマリコは黙ってしまった。
「私の、なんだ?」
「と、とにかく、今は話したくなかったの!」
「今度は何を怒ってる?」
「怒ってないわ!」
「怒ってるだろう?」
「違う、わ?…………!!!???」
「少し落ち着け」
「な、な、な、な……」
「納豆か?」
「なに…したか分かってるの?こんな道の真ん中で……」
「もう随分暗いし、人もまばらだ。家路を急ぐ人間は、他人のことなんて気にしちゃいないだろう?」
けろりと言う土門とは対照的に、マリコは奪われた唇を隠して赤面している。
「……やっぱり出なくて正解だったわ」
マリコは怒ったようにずんずんと急ぎ足で歩き出す。
それでも繋いだ手はそのままに。
いや、より一層強く握り合う。
前を歩いていた筈なのに、すぐに大股な土門に追いつかれる。
でも、土門はマリコを追い越しはしない。
肩のふれ合う位置を保ったまま、マリコの歩幅に合わせて歩く。
今、熊谷刑事の電話に出たら……。
自分はきっと、とても甘い声で話してしまう。
土門薫という刑事のことを………。
マリコは悔しかった。
――――― 想いを募らせているのは……。
「私ばっかりね」
ふと漏れたその一言に。
「そんなわけあるか、ばか」
打てば響くように、答えが戻った。
『ああ、やっぱり敵わないのかしら?』
まるでその言葉さえ見透かしたように、土門はマリコに笑って見せるのだった。
fin.