アラカルト



38000番さまへのお礼



38000番を踏んでいただき、ありがとうございます!



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「榊さま!」

呼ばれて振り返ったマリコは、『あら?』という表情を見せた。
それは、こんな場所で会うには珍しい人物だったからだ。

「マスター?」

そう。
その人物とはbar microscopeのマスターであり、ここは京都府警なのである。



「どうしてここに?」
「反社会勢力撲滅キャンペーンのポスターを受け取りに来たのです。私は商工会の役員なもので」
「そうなんですか!」

マスターと商工会なんてミスマッチな気がしたけれど、お店以外の場所で会うことはマリコにはとても新鮮だった。

「そうだ!マスター、少しお時間ありますか?」
「え?はい、大丈夫です」
「私に付き合ってください」

そういってにっこり笑うと、マリコはマスターをエレベーターへと促した。

マリコがマスターを案内したのは、屋上だ。
途中、いつものように缶コーヒーを購入して。

「缶コーヒーで申し訳ないのですけれど……」
「とんでもない!いただきます」

マスターはさっそくカチリとタブを開け、コーヒーを口にする。

「ここがお二人の捜査会議場所ですか?」
「え?」

「以前、土門さまからうかがったことがあります。どんな事件も必ずこの場所がヒントになると。恐らく、お二人の……も、ですよね?」

にこやかな笑顔のマスターに対して、マリコは頬が熱くなるのを感じた。

「土門さんたら……そんなこと!」
「よいではありませんか。私は大変嬉しいです。土門さまにお話を伺っていた場所に、榊さまが連れて来てくださった。それはお二人が私のことを信頼してくださっている証だと思いますので……」

マリコはこくりと頷く。

「では、私からもお礼を……」

マスターはごそごそとバッグを探ると、小瓶を取り出した。
中では透き通った黄金色の液体が、ゆったりと動いていた。

「これは……蜂蜜?」
「そうです。友人に養蜂家がおりまして、いつも譲ってもらっているのです。店でも使っているのですよ」
「そうですか。ありがとうございます!」

マリコは大切そうに、両手で小瓶を包む。

「では、私はこれで失礼します。榊さま、宜しければまたお店のほうへお越しください。お待ちしております」
「あ、下まで送ります!」
「大丈夫です。秘密の場所、教えてくださってありがとうこざいました」

マスターは軽く会釈をすると、屋上を後にした。



――――― マリコが初老の男性と屋上へ向かった。

その噂は瞬く間に広がり、土門の耳にも届いた。
普段、マリコが屋上へあがるときは一人か土門が一緒だと相場が決まっている。

「相手は一体何者なのか?」噂好きの婦警たちは土門に好奇の視線を送る。

当の土門も、そわそわと落ちつかない。
土門自身が誰よりもその男の正体を知りたかった。
しばらくは周囲の視線を受けて我慢していたが、とうとう立ち上がると、土門は早足で屋上へ向かった。



――――― バタン!

土門が手荒く扉を開けると、マリコが振り返る。

「?」

そこには、マリコ一人の姿しかない。

「土門さん?」

驚くマリコの手には小さな小瓶があった。

「どうしたんだ、それ?」
「いただいたの!蜂蜜よ。いい薫りだわ…。アカシアかしら……」

「ほら?」と土門の顔近く、マリコは小瓶を近づける。
確かに、ふわりと花の芳しい…、甘い薫りがした。
だが、土門はその蜂蜜の送り主が気になり、同時に喜ぶマリコにほんの少しだけ加虐心が沸いた。

土門は小瓶に指を入れると、蜂蜜をすくう。
トロリとした蜜は……。

「甘い……。榊」

土門は自分が舐めた指をそのまま、マリコの口もとに近づけた。

トン!と唇を叩くと、自然とマリコは口を開き、土門の指を含んだ。

ぬるりとした舌が土門の指を絡めとる。
そのなんとも言えない感触が土門に灯をともした。
ぐっと奥まで指を押し込むと、ちゅうと吸い付き、はむっと甘噛みされる。

「つぅっ…。榊……」

甘い刺激に土門が思わず声を漏らす。

時おり、吐息とともに小さく開いた口からマリコの赤い舌がのぞく。
土門がその口の動きに目を奪われていると、“つぅー”と一筋、飲み込みきれなかった唾液が細い糸をひく。
土門は引き寄せられるように顔を近づけ、下から徐々に舐めとっていく………。

「はぁっ………」

いよいよ耐えきれなくなった土門は指を引き抜き、てらてらと光るマリコの唇を貪った。

「はぁ…。ど、もん、さん。ここ…おくじょう……」
「分かってる。すまん……。だが、お前にも原因はある」

「どういう、こと?」
「今まで誰と一緒にいた?この蜂蜜は誰にもらった?」

「え?」
「お前にそんな顔をさせるやつは、どこのどいつだ!?」

「そんな顔って……」
「やけに嬉しそうな顔していたぞ?」

――――― プッ!

マリコは吹き出した。

「嬉しくもなるわよ。滅多にここではお目にかかれない人だもの」
「誰だ!」

「マスターよ」
「は?」

「だから、microscopeのマスター。商工会のお仕事で来ていたの。蜂蜜もマスターに貰ったのよ!」
「何だ…。それならそうと……」

「言う暇もなかったわよ?」
「……………」

ぶすっと腐る土門に、マリコはくすくすと楽しそうだ。
ふい、と屋上を去ろうとする土門のジャケットをマリコは掴んだ。

「蜂蜜、美味しかったでしょう?ヨーグルトにかけたらどうかしら?………明日の朝にでも」

思わぬ提案に、土門はマリコを振り返る。
ほんのりと赤い顔のマリコは目を伏せている。

「残っていたら、それもいいな」
「残っていたら?」

視線を上げたマリコは、首を傾げて聞き返す。

「そうだ。ヨーグルトよりも……俺はお前で食べたい!」
「!!!!!」

臆面もなく言い放つ土門に、マリコは土門の胸をぽかぽか叩く。

「もぉ! ばか!ばか!ばか!!」
「わはははは!」

高笑いをする土門であったが、もちろん目は笑っていない。
湯沸し器のように興奮するマリコをしっかりと腕に囲いこみ、耳元に最後通告をする。

「覚悟しておけ。全身、いただく!」
「土門さんの、エッ……」

その先は土門に塞がれてしまった。


『蜂蜜なんてなくても十分甘いな…』と土門はしばらく酔いしれたのだった。





fin.


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