アラカルト



36000番さまへのお礼



36000番を踏んでいただき、ありがとうございます!



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意図せず漏れた溜息に、傍らのその人が顔を上げた。

「どうした?」

「気づかれてしまった…」マリコは不注意についた溜め息を後悔した。

「……何が?」

マリコはとぼけてやり過ごそうと試みる。
でも、多分無理だろうと同時に確信もする。
何せ相手は百戦錬磨の刑事なのだ。
本当なら取り調べのプロフェッショナルとなるはずだった人なのだ。

「……………」

無言で見つめられ、「ああ、やっぱり……」と更に溜め息が出てしまった。

爆発で酷い怪我を負い、しばらく病院のベッドでの生活を余儀なくされてから、土門はマリコをよく観察するようになった。
髪を切ったことや、寝不足でクマができている、なんて外見の変化はもちろん。
マリコが鑑定で行き詰まっていること、何か悩んでいること、そんな内面の変化まですぐにバレてしまう。


「母さんから連絡があったの………」

仕方なく、マリコは白状することにした。




帰宅直後に鳴り出した自宅の電話に、マリコはうかつにも発信先を確認せず受話器をとってしまった。

『もしもしマリちゃん?』
「……母さん」

『やっと捕まえたわ!ちゃんと携帯に出てちょうだい!!』
「ごめんなさい。でも仕事中だったから……」
『そういっていつも出てくれないんだもの……』

恨めしそうな声に、マリコは慌てて話題を逸らせた。

「それで今日は何の用?」

『……土門さん、だったかしら?』
「え?」

いずみからその名前が出たことに、なぜかマリコは動揺した。

『マリちゃんを庇ってくれた刑事さんの名前…』
「母さん、聞いてたの?」
『当たり前でしょう?父さんは必死に誤魔化そうとしていたけど、私の目は欺けないわよ!』

その時の二人のやり取りを想像し、マリコは父親に同情した。

『もしもし?マリちゃん、聞いてるの?』
「聞いてるわ。そう、土門さんよ」

『……あなたたち、お付き合いしているの?』
「どうして?」

マリコは思わぬ質問に目を開いてしまった。

『だって、自分の身をていしてマリちゃんを守ってくれたんでしょう?』
「それは……!土門さんは刑事だもの。私じゃなくても同じことをするわよ」

そう、きっとそうに違いない。
自分に言い聞かせるように、マリコは受話器を握り直した。

『そう?それじゃあ、マリちゃんは土門さんのことをどう思ってるの?』
「どう…って」

『瀕死の状態な土門さんを見て、あなたはどうしたの?どう思ったの??』
「母さん?」

いずみが何を言おうとしているのか、マリコには分からない。

『マリちゃん、もう自分でも分かっているはずよ。もし「まだわからない」なんて言うなら……』

いずみは一旦、言葉を切った。

『母さんはあなたを横浜に連れ戻すわ』
「何、言って……」

『だってそうでしょう?自分の心に嘘をつくような人間に真実が見つけられるの?』
「……………」

いずみの言葉はマリコの隠された想いを引きずり出した。
もう、ぐうの音も出ない。

『マリちゃん、忘れないで。どんなに優秀な科学者だって、あたなは一人の女の子なの。どんなに優秀な刑事だって、土門さんは一人の男の人なのよ。自分の気持ちを認めてあげなさい。そうすれば、きっと……』

「母さん?」

『その続きは自分で気づくことよね……。いーい?マリちゃん!いつまでもふらふらしてるなら、母さんは有言実行するわよ!』

念を押すと、電話の向こうから小さな笑いの混じった声が聞こえた。

『マリちゃん、大丈夫よ!』

そして電話は沈黙した。



「そうか……」

土門は話を聞いたあと、それだけ言うと黙ってしまった。

マリコは段々と沈黙に耐えられなくなってきた。
でも、どうしても……素直にその先の言葉を伝えることができない。


「榊、お前は横浜に帰りたいのか?」

ふいに、差し出された土門の助け船。
マリコは必死にその船にしがみついた。

「帰りたくない。帰りたくないわ!私は……ここに居たいの」

土門はぽん!とうつ向くマリコの頭に触れた。

「それだけで十分だ」

はっと顔を上げ、マリコは土門に視線を向ける。
いつの間にか差し込んだ西日が逆光となり、その表情はよくわからない。

けれど、徐々に近づく土門の顔が影となり、ようやくマリコは見ることができた。
くしゃりと皺の寄った目尻と、少しだけ弧を描いた唇。
幸せが滲み出たような優しい笑顔。
それが……。

あんまり綺麗で、目頭が熱くなった。




fin.





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