アラカルト
35000番さまへのお礼
35000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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モールでのショッピングの途中、オープンカフェでひと休みしていたマリコは、背後から聞こえた音に振り返った。
「どうした?」
対面に座る土門がたずねる。
マリコは背後に設置された巨大スクリーンを指差し、「これ、知ってる?」と土門にたずね返した。
「ああ、知ってるぞ。『となりのトトロ』だろう?」
『知ってるの!?』と意外そうなマリコに、土門は眉を持ち上げた。
「国民的なアニメ映画だろう?知らない人の方が少ないんじゃないか?」
「そうなんだ…」マリコはじっとスクリーンに視線を注ぐ。
流れているのは、週末に再放送するという『となりのトトロ』の番宣だった。
「ねえ、土門さん。この前ね……」
マリコは土門にある話を始めた。
『さぁーつきちゃん!』
くるっと早月がテレビを振り返る。
小児科近くの待合所に置かれたテレビには、子供たちが飽きないようにアニメ映画がずっと流れている。
「早月先生?」
突然立ち止まった早月にマリコが声をかける。
「ああ!ごめん、ごめん。……マリコさんはこの映画見たこと……ないわよね?」
案の定、マリコは頷く。
「この映画、私と同じ『さつき』て名前の女の子が出てくるの。でね、この映画の『さつき』ちゃんは、とっても優しくて、頑張り屋なのよね。病気で入院中の母親の代わりに家事をこなし、妹の面倒もみる。自分のことは後回しで、いつも家族のため、人のために頑張ってる……」
「早月先生みたいですね?」
「!?」
マリコの一言を聞き、早月は驚きに目を開いた。
「早月先生?私、何か変なこと言いましたか?」
「……ううん。ううん!違うの!!同じだなあ…って」
「?」
「あの人もね、マリコさんと同じことを言ったのよ……」
何年前のことかなんて覚えていない。
息子が生まれ、法医学者としても駆け出しだったころ、早月は本当に目の回るような忙しさだった。
それでも、早月は出来うる限りの愛情を息子へ注いだ。
同時に大切な人を失った遺族のため、何より、志半ばに生を手放さざるを得なかった死者のために……。
早月は身を削ってでも死者に寄り添い、その声に耳を傾けた。
仕事と家庭、どっちも絶対に手を抜かない!
そんな妻の姿を見ていた夫は、ネコバスに乗り、妹を必死に探す『さつき』ちゃんと早月が似ているという。
「そう?似てる??」
「似てる。二人とも頑張り屋だ」
そういうと、ポンポンと早月の頭に優しく触れる。
そして、ベビーベッドで眠る息子の柔らかい頬をそっと撫でる。
起こさないように……。
――――― もう戻らない、幸せな記憶。
早月は改めて、マリコに向き合う。
子供たちのために、自分がしっかりしないといけない。
頑張らないといけない。
自分のことを見ていてくれる人なんて、もう居ないと思っていた……。
それなのに、まさかこんなに近くに居たなんて!
「ふふふ……」
思わず笑い声をあげた早月は、突然マリコを抱き締めた。
「さ、早月先生!?」
「マリコさん、ありがとう!そうよね、マリコさんが居てくれた。科捜研のみんなが居てくれた…!」
「早月先生……」
「私、幸せ者だわ。そんなことに今ごろ気づくなんてね!」
マリコはそっと早月の手をほどくと、少しだけ揺れる瞳で早月に言った。
「誰だって一人じゃない。必ず見ていてくれる人がいるはずです」
早月は「そうね!」と頷いて、こっそり目尻の雫を拭った。
「そうか。風丘先生がそんなことを……。お前と風丘先生はいいコンビだな。対称的な境遇と性格だが、互いに上手いこと補いあっている、そんな感じがする」
マリコは土門の言葉に嬉しそうにはにかむ。
土門はふっと小さく笑うと、立ち上がった。
「さあ、残りの買い物も早いところ済ますぞ。後は何だ?」
「ええと……」
マリコはスマホに保存したメモを確認する。
「後は…、食器類ね。でも私、美貴ちゃんのを貸してもらえればそれでいいわよ?」
「俺が嫌なんだ。せっかくだから、一緒に揃えればいいだろう?」
「一緒って……?」
「だから!湯飲みとか、茶碗とかは……その、色違いで、とか…だ!」
土門は顔を背けたまま、マリコの手を引いた。
「さっさと行くぞ!」
「………うん」
ほらね?
誰だって一人じゃない。
fin.