アラカルト
34000番さまへのお礼
34000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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ある非番の昼下がり。
マリコは土門の作るランチの出来上がりを待つ間、机の上に投げ出された雑誌を手に取った。
それは随分と古い日付の号だったが、パラパラと中をめくっていると、ふとマリコの目が止まった。
そこには、『キスの日』の特集がされていた。
「『キスの日』?そんなのがあるのね……」
――――― その日は、確か……。
マリコは記憶を遡る。
確か、今日と同じく自分は非番だったはずだ。
そうだ!
そして、夜に土門がひょっこりとやって来た日だ。
特に約束はしていなかったのだが、マリコは手土産を持って現れた土門を部屋にあげた。
しばらくお持たせに舌鼓を打った後で、土門が遠慮がちにたずねたのだ。
「今夜、泊まっていってもいいか……?」
そんな風にたずねるなんて珍しいと思ったが、断る理由もないので、マリコは「いいわよ」と答えた。
そして、その夜……。
そこまで思い出し、マリコは赤い顔を隠すために口もとを覆った。
土門はその夜、マリコの全身にキスの雨を降らせたのだ。
マリコは恥ずかしかったのに、絶対に離してはくれなかった。
マリコはもう一度記事に目を通す。
そこに記されたキスの場所と、意味を読んで。
「網羅されてるわ……」
いっそ、土門の見事なキスっぷりを思い返し、マリコは目を見開いてしまった。
同時に、自分からは何か意味を持ってキスをしたことなどないことに気づいた。
『ここなら……』
記事を読み進めていくうちに、マリコは自分の気持ちにぴったりなキスの場所を見つけた。
こうして、マリコの『キス大作戦』が始まった。
日没前の屋上には、時おり爽やかな風が吹き、並ぶ二人の頬を掠める。
「ね、ねえ、土門さん!」
「ん?」
「…………」
「なんだ?」
いざとなると、マリコはどう迫ればいいのか困惑してしまう。
じっと土門を見つめていると、「熱でもあるのか?」と額に手を当てられてしまった。
「な、なんでもないわ……」
『そ、外は無理よね。つ、次こそ!』
マリコはぐっと手を握りしめた。
それから、数時間後。
マリコは土門の車の助手席にいた。
自宅まで送ってもらうためだ。
ちょうど、赤信号に車が停車した。
「あの、土門さん」
「ん?」
「話が……、あるの」
「なんだ?」
「どこか寄り道してもらえないかしら?」
「家に帰ってからじゃ駄目なのか?」
「い、今がいいの!今、話したいの!」
「……そうか」
土門はウィンカーを点滅させると、帰り道とは別の道路を進み、公園の脇道に停車した。
「ここでいいか?」
「う、ん……」
「で、話ってなんだ?」
「あの…、その……」
「榊?」
「キ、キ、キ……」
「キ?」
「キ…今日も暑かったわね?」
「…………………………榊?」
いよいよ土門は訝しげに眉を上げる。
マリコはどうしても勇気が出ず、そんな自分が情けなくて、瞳がじんわりと熱く湿ってきた。
土門はしばらく黙ってそんなマリコの様子を見守っていたが、やれやれと肩を竦めると、運転席から身を乗り出した。
腕を伸ばして、小さく縮こまるマリコをぐいと引き寄せた。
「少しは期待していたんだが……仕方ない」
「土門さん?」
「お前の話は……これか?」
土門はダッシュボードから、あの雑誌を取り出した。
「あっ!それ!キスの……」
はっ、とマリコは口をつぐむ。
「それで、お前はどれを試そうと思ったんだ?」
「…………知らない!」
ニヤニヤ笑う土門に、まんまと嵌められたことにマリコは気づいた。
ぷん!とそっぽを向き、土門の体を押し返す。
けれど、土門の体はピクリとも動かない。
「逃げるな。怒るな」
「だって!ひどいわ!」
「すまん、すまん」
土門は幼子をあやすように、マリコの頭をポンポンする。
それでもむくれるマリコに苦笑しながら、土門はそろそろと顔を近づける。
「榊」
乞うような声で名前を呼ばれて、マリコは怒っているはずなのに挫けそうになる。
「…………も、もぅ!」
鼻先が触れあうと、重なるまではあと…数センチ。
キスの日じゃなくても、キスをしよう。
今日のキスは、土門からの謝罪のキス。
明日のキスは、きっと土門の首に落ちてくる。
それはマリコからの、『束縛』のキス。
fin.