アラカルト
32000番さまへのお礼
32000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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ある非番の日、土門は窓辺に置かれた鉢植えをまるで親の仇でも見るように睨み付けていた。
赤い花は可愛らしい姿をしているのに、土門の眉間には皺が深くなるばかりだ。
その原因は数日前に遡る―――――。
「土門さん、見て!キレイでしょう?」
土門の部屋へやって来たマリコは、開口一番に赤い花を見せながらそう言った。
「ん?そうだな。どうしたんだ、その花?」
「途中の花屋さんで、ちょうど陳列しているところに通りかかったの。可愛いから買っちゃった!土門さんの部屋に置いてもいい?」
「せっかく買ったのに、うちでいいのか?」
「だって、私の家だときっとすぐに枯れちゃうわ」
「…………」
土門は苦笑するしかない。
確かに、この花が生き延びる可能性は土門の部屋の方が格段に高いだろう。
かくして、赤い花の鉢植えは土門の部屋の窓辺に置かれることになったのだった。
そして、問題が発覚したのは昨日のことだった。
珍しく美貴から電話が掛かってきたのだ。
互いの近況や、美貴の小言をひとしきり聞いた後で、土門は思い出したかのようにたずねた。
「なあ、花の栽培って水やり以外に何か必要なのか?」
『なんで?』
「いや、榊から鉢植えを預かったんだが……」
『へぇ、マリコさんから?何の花なの?』
「ちょっと、待て」
土門は鉢植えに近づくと、土に差し込まれたプレートに目をやる。
「
のんびりとした土門とは対照的に、電話の向こうで美貴は息を飲んだ。
『お兄ちゃん!本当に鳳仙花なの?』
「あ?ああ」
『……マリコさんと喧嘩でもしたの?』
「はっ?してないぞ?」
『それじゃぁ、最近しつこく言い寄ったとか!?』
「そんなことするわけないだろう(💦)お前、俺をなんだと思ってるんだ?」
『それじゃぁ、何で?うーん………』
ぶつぶつと呟く美貴に、土門は『おい!』と声を荒げる。
「一体何なんだ?鳳仙花と榊が、何か関係があるのか?」
『あるも、あるわ!大ありよ!!いーい、お兄ちゃん!鳳仙花の花言葉はね……』
そのときの美貴の言葉に、土門は愕然としたのだ。
そのあと、ぎゃあぎゃあと美貴が叫んでいたようだったが、土門は電話を切ってしまった。
そして、それ以降…。
窓辺の鳳仙花は、土門にとって鬼門となったのである。
♪ピンポーン
はっと壁の時計に目を向けると、時刻は19時になろうといていた。
今日も仕事のマリコを、土門は自宅へ呼んでいたのだ。
土門が玄関のドアを開けると、ビニール袋を提げたマリコが微笑んで立っていた。
「ただいま。土門さん」
そんな可愛らしいことを言うマリコに、鼻の下が伸びそうになる土門だったが、今日はぐっと堪えた。
「お疲れさん。入れ……」
そう応えながら、マリコから荷物を受けとる。
惣菜を買ってきてくれたらしい。
「もうあまり残ってなくて…。それでいいかしら?」
「十分だ。すまんな」
「ううん」
マリコはバッグを下ろし、ソファに腰かけた。
この期を逃さず、土門はマリコの隣に座ると、腕をつかんだ。
「あの、土門さん?」
「榊、聞きたいことがある……」
「なあに?」
「あの花だが……」
「ああ、鳳仙花?キレイに咲いてるわね!」
「……鳳仙花だと知っていたのか?」
「ええ、もちろんよ。花屋さんに聞いたわ」
「それなら、鳳仙花の花言葉も知っているか?」
「………」
マリコはもじもじと答えない。
「榊?」
「………知ってるわ」
ガーン……と、土門は頭を殴られたようなショックを受けた。
俯く土門に、マリコは気遣うような声をかける。
「土門さん?一体どうしたの?」
「榊…。俺のことがそんなに嫌いか?」
「え?」
「それなら、そうハッキリ言ってくれ。花言葉なんて、まどろっこしいことはするな……」
「ちょっと待って!どう言うこと?私、土門さんのこと嫌いだなんて思ってないわ。花言葉って………?」
「鳳仙花の花言葉……『私に触れないで』だろう?」
「ええー!違うわ!!私が聞いたのは別の花言葉よ?」
「そうなのか?」
マリコはコクコクと何度も頷く。
「それなら、俺のことをどう思ってるんだ?」
「え…、それは………」
「嫌いだはと思ってないんだろう?だったら?」
土門はつかんだマリコの腕を引き寄せる。
そのまま、マリコは土門の腕の中にすっぽりと収まった。
マリコは上を向くと、土門の耳元で答えを囁く……。
ふっと笑って目尻を下げた土門は、そのままマリコを抱き上げた。
土門の足は迷うことなく、寝室へ向かう。
「待って、土門さん!夕ごはんは?」
「今からいただくさ」
そんな台詞と共に、マリコの唇が食べられる。
「もお!エッチ!!」
「何とでも言え!俺にはこっちがご馳走だ」
声をあげて笑う土門に、鳳仙花と同じ顔色のマリコは諦め顔だ。
このあと。
しばらく寝室のドアは閉まったままだった……。
「榊、鳳仙花の花言葉……お前は何て聞いたんだ?」
シーツの波間で微睡むマリコに、土門は小さな声でたずねた。
マリコが眠ってしまったら、答えは聞かなくてもいいと思っていた。
ところが、マリコは気だるげに、それでも説明を始めた。
土門にきちんと伝えようと思ったのかもしれない。
鳳仙花を買い、ここに置いた理由を。
「私が聞いたのは、多分、西洋の花言葉だったのね。でも花言葉より、私は鳳仙花の別名に惹かれたの」
「別名?」
「鳳仙花には、そのタネを噛んでから飲み込むと、のどに刺さった魚の骨がとれるという話があるんですって」
「?」
土門にはマリコの言わんとしていることが分からない。
「だからね、『骨抜(ホネヌキ)』って別名があるの………」
そして、西洋の鳳仙花の花言葉は「ardent love(燃えるような愛)」
―――――つまり。
『燃え尽きて骨抜きになるくらい、貴方を愛してる……』
翌朝、上機嫌な土門が鼻唄混じりに水やりをしていたことは言うまでもない。
こうして鳳仙花はいつまでも瑞々しく、美しい赤い花を咲かせるのだった。
fin.