アラカルト



32000番さまへのお礼



32000番を踏んでいただき、ありがとうございます!



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『結婚したんだ』

ある日突然かかってきた同期からの電話。
そいつは数年前に、嫁さんと子どもを交通事故で亡くしていた。
張り込み中で、運び込まれた病院へ駆けつけることもできず、「二人の最期を看取ることができなかった」と悲痛な表情を土門は今でも覚えている。

そんなあいつが再婚したのだという。
相手も馴れ初めも、土門は聞かなかった。
ただ、「そうか」と言い、「おめでとう」と告げて電話を切った。



人は様々だと思う。
結婚を望むもの、そうでないもの。
「果たして自分はどっちなのだろう」と土門は考えた。

頭に浮かぶのはマリコの顔だ。
失いたくない。
共に歩んでいきたい。
ずっとそう思っている。

では、「結婚したいのか…」そう考えると思考は停止してしまう。
なぜなら、もし、いつか、自分がマリコの前から消えてしまうようなことになったら……。
そう思うと、できるならマリコを縛り付けることはしたくなかった。
現に、生死の境をさまよったこともあるのだ。
そのときのマリコの様子も、土門は聞いている。
だからこそ、一歩が踏み出せない……。




「ねぇ、土門さん。今夜は早くあがれそう?」

キッチンで水の流れる音に乗せて、マリコの声が届く。

「ああ。その予定だ」
「だったら、帰りに買い物に寄りたいんだけど……」
「わかった。あがる前に連絡する」
「うん、お願いね」

そんな会話を普通に交わすようになって、数年が経つ。

それでも、マリコは“榊”姓のままだ。
どちらが望んだわけでもない。
ただ自然とこの道を選んでいた。


だが。
土門は同期から電話があった頃、迷いつつも自分の氏名のみを記入したある“手紙”を用意していた。

いつか、手渡す日がくるだろうか。
いつか、受け取ってくれる日がくるだろうか。

その答えは、何気ない日常の一瞬にもたらされようとしていた。



不安と期待に揺れながら、土門はキッチンに立つマリコを背後から抱き締めた。

「土門さん?」

『どうしたの?』とたずねるくっきりとした瞳は、二人きりのときは至極優しい。

「榊……」

いよいよ、一歩を踏み出すときが来たのかもしれない……。


土門はマリコの手を引き、リビングのソファに座らせた。
そのソファの隣には小ぶりなチェストが置かれている。

そして、その鍵のかかる引き出しの中に ―――――。

そのときの手紙はまだ大切にしまってある。




fin.


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