アラカルト
29000番さまへのお礼
29000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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秋は夕暮れ。
夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。
まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
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茜空に黒い点々が次々に集まりだす。
そろそろ
カアー、カアー!とお馴染みの鳴き声がうるさいほどだ。
「カラスが鳴くから帰ろ……」
土門は思わずマリコを凝視した。
「な、なに?」
「いや。お前にしては珍しいことを言う」
土門は忍び笑いを浮かべる。
「それなら帰るか?うちに?」
その言葉に、マリコはそっと土門の手をとる。
並んで歩くうちに、手のひらが離れないように指と指が絡んでいく。
ようやくそれがほどけたのは。
……………土門の自宅の寝室だった。
月明かりにふと目覚めた土門は、隣の温もりが消えていることに気づいた。
ベッドを下り、薄手の毛布を手にリビングへ向かう。
そこには窓を半分開き、無心に月を見上げる愛しい女の姿があった。
「どうした?眠れないのか?」
土門は背後から毛布で華奢な身体を包み込む。
思ったとおり、マリコの体はひんやりとしていた。
「風邪引くぞ」
「ごめんなさい。起こした?」
「いいや。何となく目が覚めたんだが…。これが原因かもな……」
『これ』とは、どこからともなく聞こえる鈴虫の羽音だ。
秋らしい音色が♪リリリリッーとあちらからも、こちらからも聞こえてくる。
「なぁ。鈴虫って何で鳴くんだろうな……?」
何の意味も脈略もなく、ただ口をついて出た言葉だった。
でも、マリコは真摯に答えた。
「オスがメスに求愛してるのよ。だから鳴くのはオスの成虫だけなの」
「求愛行動なのか…。それなら、榊。お前は何で“鳴く”んだ?」
土門は、薄明かりにぼんやりと白むマリコの頬を手の甲で撫でる。
問われた意味を図りかねたマリコだったが、それでも次の瞬間には悟った。
そして顔だけ振り向いたマリコは、想像通り赤い頬をしていた。
きっと無言でうつむくに違いない…そう、土門は予想していた。
しかし。
「土門さんに…。土門さんに、もっと触れてほしいから……」
♪リリリリッ……。
かしましい鈴虫の鳴き声にかき消されそうなほどの小さな声を、土門の耳は捕らえた。
♪リリリリッ……。
次に鳴き声が止んだとき、二人の姿はすでにそこにはなかった。
そして、聞こえるのは鈴虫の鳴き声よりも
「あっ……。ども…ん、さん……」
――――― 艶やかな音色。
余談であるが……。
……風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず ―――――。
しかし、土門にとっては『君のこゑ』こそ………いと、あはれなり。
fin.