アラカルト



28000番さまへのお礼



28000番を踏んでいただき、ありがとうございます!



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夏は夜。
月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。
また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光て行くもをかし。
雨など降るもをかし。

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「あっ!月が……」

今まで足元を明るく照らしてくれていた月が雲に隠された。

マリコと土門は二人で暗闇に取り残された。
土門はマリコの肩をぐいっと強く引き寄せる。
マリコは反動で土門の胸にしなだれかかり、思わず土門のシャツをぎゅっとつかんだ。

「この暗さだと足元が覚束ないだろう。つかまっておけ」

土門はマリコの足元を見て、そう提案した。



実はこの日、二人は花火大会でのスリ摘発捜査の協力依頼を受けていた。
土門はいざというときのためシャツにスラックス姿だが、マリコは相手を油断させるためにと浴衣姿に扮していた。
ちょうど、いずみから送られてきた灰色の絞り生地の浴衣に萌黄色の帯がアクセントとなり、なんとも上品な、それでいて大人艶やかな雰囲気に仕上がった。

しかし捜査事態は空振りに終わり、解散後、二人は何となく消化不良な気分を晴らすため、人気のない川縁を散歩しているところだった。

浴衣ということは、当然足元は下駄だ。
土門はそれを気にしていたのだ。

「あ、ありがとう」
マリコは土門のシャツをつかむ手に力を入れた。



しばらくゆったりと歩くうちに、視界が暗闇に慣れてくる。
土門がマリコを見下ろすと、うなじがぼんやりと明るく見えた。

「あら?」

マリコはふと声をあげ、立ち止まった。
マリコが指差す方に視線を向けると、黄色いような、緑色のような小さな光が灯ったり消えたりしている。
そして、ふわふわと空中を移動する。

「蛍か!?」
「そうね!……綺麗ねぇ」

二人が光を見送っていると、もう一つ光が現れた。
二つの光は時に近づき、時に離れ、それでも付かず離れず飛んでいく。

「暗闇もたまにはいいもんだな」
蛍を眺め、土門は呟く。

「そうね。土門さんの顔はよく見えないけど……」
マリコは苦笑しているのか、肩が小さく揺れている感覚が土門に伝わってきた。

「こうしたらどうだ?見えるか?」
そういって土門はマリコと鼻先が触れ合いそうなほど、顔を近づける。

「土門さん、近いわよ!」
「近くないと、顔が見えないだろう?」
「だからって!ち、ちょっと…!ねぇ!」

焦るマリコに、土門は……。

「わざとだ!」

そういってニヤリと笑う土門の顔が、マリコにははっきりと見えた。
そして、次の瞬間。

「…………!」

重なった影の一方が、名残惜しそうに離れる。

「こんな暗闇なら、見えやしないだろう……」

土門はマリコのうなじをすっと撫でた手で、顎を捉えた。
その手がマリコの顔を持ち上げる。

「榊……」
「土門さん………」

ひとしきり、蛍を呼び込みそうなほど甘い空気に包まれた後で、『そういえば…』と土門が言った。

「夏は月夜も暗夜も雨も、風情があるというが……。それに浴衣も加えたいところだな」
「あら?本当は似合ってた?」

マリコの瞳がくりっと開く。
さっきは毎度お馴染み、馬子にも…の感想しか聞けなかったのだ。

「いや。というより……そそられるな」
「もう!」

再びうなじをゆっくりと撫でられ、マリコはぶるりと身を震わせた。


――――― 夏の夜は、まだ長い。





fin.



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