アラカルト



24000番さまへのお礼



24000番を踏んでいただき、ありがとうございます!


*****


「君はきっと知らないだろうね」

ポツリと、伊知郎は呟く。
相手はデスクに飾られた愛娘だ……。

科捜研の職を辞する日に、仲間と皆で撮った写真。
中央には伊知郎が、隣には白衣のマリコが微笑んでいる。

――――― 僕も母さんも、どれだけまぁちゃんの幸せを願っていることか……。




週末に父の日を控えた水曜日。
珍しく伊知郎のもとに、マリコからメールが届いた。
伊知郎の体調を気遣う文面で始まり、予想通り…『父の日には帰れない』と締めくくられていた。
毎年恒例とはいえ、『今年こそは!』と期待していた伊知郎の落胆は大きく、いよいよ監察官は動き出すことを決意した。

そうと決まれば、善は急げだ。
伊知郎は、目的の人物へ電話をかけた。



「おい、榊」
「なに?」
「いや……、週末は父の日だろう?今年は帰るのか?」
「はぁ?何言ってるのよ!連続殺人事件の捜査中じゃないの」
「あ、……そうだな」
「しっかりしてよ、土門さん!そんなことより、これを見て?犯人の足取りに繋がらないかしら?」
「どれだ?」
いつの間にか、土門はマリコの『そんなことより』に乗せられてしまう。

昨晩、土門は伊知郎からの電話を受けた。
そして、さてどうしたものか…と本気で悩んでいた。
マリコに対する気持ちも、二人の関係も、伊知郎にはちゃんと伝えている。
だが、伊知郎はその先の報告を待っていた。

土門自身も常にそのことは気にかけているのだが、なかなか踏ん切りがつかないうえに、相手はあのマリコである。
そうすんなりと事が運ぶわけがなかった。

悶々とする土門を尻目に、父の日は過ぎ、事件が解決するにはさらに一週間を要した。




6月の最終週。
ようやく事件も終息し、溜まりに溜まった休みの消化も兼ねて、土門はマリコを旅行に誘った。
もちろん、延び延びになっていたマリコの誕生祝いがメインである。
聞かなくても土門の考えを見抜いたマリコは、少し恥じらいながらもすぐに頷いた。


伊知郎からの電話に背中を押されたこともあり、実は…土門はこの旅行にひとつの決意を携えていた。
ビロードの箱に仕舞われたその決意は、出番を今か今かと土門のポケットの中で待っている。



そして、フルムーンの光に満たされたその夜。
いよいよマリコの手へと決意は渡された。
月の欠片と名付けられたそれは、華奢な指の上で優しい光を放つ。

「榊……」
呼びかけたものの、答える必要はないことを土門は態度で示した。
幾度も幾度も重なっては離れ、また重なる。
寄せては返す波のように、静かに、絶えることなくこの儀式は続いた……。




数日後、伊知郎は土門からメールを受け取った。
開いてみれば、それには一枚の写真が添付されていた。

ファインダーを見つめ、はにかむ笑顔の娘は見たこともない幸せそうな表情をしていた。
どこか旅行先なのだろうか?
いつもより女性らしい服を着て、強い朝日を除けるために鍔の広い帽子を被っている。
しかし風が強いのだろう、飛ばされないように手で押さえているようだ。

そして、伊知郎はその帽子を押さえる手に目を奪われた。

「まぁちゃん……」

親として。
万感の想いをこめたその声が…震えていたとしても、誰も彼を笑ったりはしないだろう……。




その写真が撮られたいきさつについても、少し触れておくと……。


『気持ちのいい朝だから!』と、惰眠を貪っていた土門は、マリコのビームに起こされた。
はじめは渋々だった土門も、清々しい空気に気持ちが高揚するのを感じた。

少し離れた場所で、マリコは土門に向かって手を振る。
今日のために新調したのだろう、ロングスカートに白いシャツがよく似合っていた。
日除けに被った帽子は、昨日土門がマリコに買ってやったものだ。

土門はカメラを構えて、マリコに呼びかけた。

「榊!写真撮るぞ!」
「待って!風が強くて帽子が……」
思わず左手で帽子を押さえ、マリコは土門へ笑顔を向ける。

同時に土門はシャッターをきる。
そしてファインダーから顔を上げると、土門は目を細めた。

マリコの左手に輝く…、
銀色の指輪が朝日を反射して眩しかった。




fin.




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