アラカルト



23000番さまへのお礼



23000番を踏んでいただき、ありがとうございます!


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『耳触りのいいその声が、好きだ』と思った。
『ずっと聞いていたい…』そう思っていた。
その頃は………。


マリコが目を覚ますと、頬は涙に濡れていた。
どうして今ごろ、こんな夢を見たのだろう……。
もう何年も前のことなのに。
もう心の奥底にしまったはずなのに。
もう……。

「木場さん………」

するりとその人の名前がこぼれ落ちる。
はっと気づいたマリコは、身を固くしてベッドの隣を見下ろす。
土門は静かな寝息をたてていた。
身じろぎすらしない。

ほっと胸を撫で下ろし、 マリコはもう一度布団に潜り込んだ。
そして、土門の広い背中に寄り添うように眠りに落ちた。


しかし、土門は眠ってはいなかった。
眠っている振りをしていたのだ……。

背後で、小さな嗚咽と共にマリコが起き上がったとき、土門は心配になって声をかけようとした。
だがその瞬間、マリコの呟く名前が耳に届いた。

土門は、………心臓が止まるかと思った。




だが、それからもマリコは夜中に目覚めては木場の名前を呟き、涙を流す日々が続いていた。
とうとう土門は耐えきれず起き上がると、木場の名前を呼ぶマリコと向き合った。

「土門さん……。もしかして、気づいていたの?」
「ああ」
「……そう」
「…………」
「何も言わないの?」
「何を言ってほしいんだ?」
「……分からないわ。怒って欲しいのか、優しくして欲しいのか…。何故こんなに木場さんのことを思い出すのかも……」

マリコは疲れきったように、項垂れる。
土門はそんなマリコが不憫で、ただ守りたくて、小さな体を抱き締めた。

「怒ったりしない。無理に忘れる必要もない……」
「でも、土門さん……」
「『木場刑事を想っていた』そんなお前ごと、俺は選んだんだ。その想いを抱えた榊マリコが大切なんだ。分かるか?」

マリコはこくこくと頷き、土門の胸に顔を埋める。

「ありがとう……」

その一言を聞いたとき、ある考えが土門の脳裏を過った。

「なぁ…、もしかして……」
「なあに?」
「お前……。俺のことをどう思っている?」
「な、何?突然?」
「最近、俺に対する気持ちに変化はないか?」
「変化……?」
「そうだ。もしかしたら、それが原因かもしれないな……」
「分からないわ。どういうこと?」

マリコには土門の言おうとしていることが、本当に分からない。

「榊。お前、今までより俺に対する想いが強くなってないか?」
「?」

一拍おくと、土門は言いにくそうに続けた。

「要するに!俺をだな…。だから!その……愛し、始めたんじゃないか?」
「!?」

マリコはぽかんと口を開けていたが、みるみるうちに顔を赤くする。

「そ、そんな……」
「そんなことはない、か?」
「……………」
「お前の気持ちが俺に傾けば傾くほど、心にしまっていた木場刑事のことが気になった。もっと言えば、木場刑事へ罪悪感のようなものを感じているんじゃないか?」

『罪悪感』という言葉に、マリコははっとした。

「そう、かもしれない……。確かに、最近は木場さんのことを思い出すこともなくなっていたわ……」

「もしかすると『それでいい』と伝えるために、夢に現れたのかもしれないな。もし俺が同じ立場だったら、いつまでも大切な人を縛りつけておくことは忍びないと思う。寂しくても、幸せを掴んで欲しいと思う……」

土門の話を聞ききながら、マリコは何度も何度も瞬きをする。

「いいのかしら。私だけ幸せになっても…。木場さんのことを忘れてしまっても……」

「榊。それは忘れることとは違う。思い出さなくなったとしても、お前がここにいることが木場刑事が生きていた証だ。だから、お前は今のままでいい。今のままで、幸せになればいいんだ」

「でも、土門さんは……それでいいの?」

土門は少しだけ苦笑した。

「仮定の話は好きじゃないが……。木場刑事と出会わなかったお前を、今ほど好きになれたかは分からない。俺にとってはどんなものを抱えていようが、ありのままのお前が全てだ」

そしてマリコの瞳をまっすぐに見つめ、こう伝えた。

「今のお前を遺してくれたことを、俺は木場刑事に感謝している……」

マリコは言葉が見つからず、ただ夢中で土門の胸にすがった。
音もなくはらはらと自分の頬をこぼれ続ける雫。
マリコは……。

本当に嬉しいとき、言葉よりも涙が出るのだと知った。




fin.

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