アラカルト(誕生石ver.)
22333番さまへのお礼
22333番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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「榊!」
土門が店の外に出ると、マリコは少し先の曲がり角にいた。
「…………遅い!」
「榊?」
「もっと早く追ってきてよ……」
泣きそうな顔に、思わず土門はその場でマリコを抱き締めた。
「すまん、サボテンの鉢を倒してしまってな……」
「え?怪我は、大丈夫なの?」
「ああ」
「土門さん……」
「ん?」
「何か当たって……る?」
マリコが土門の胸ポケットに触れる。
「こいつか……」
土門はトルコ石を取り出した。
「今の店のオーナーに貰ったんだ。この石……何でも、心配や疑惑を消す力があるらしい。そして、決断力と実行力を高め、成功に導いてくれるパワーストーンだと言っていた」
「そう…。それで?土門さんはどんな決断をして私を追ってきたの?」
マリコは土門の真意を探るように見上げる。
けれど、土門は はぐらかすように答えた。
「実はな……無銭飲食してきた」
「えっ?」
「だから、支払いに戻らないといかん。だが、マスターに言われてな……」
「何を?」
「お前と一緒に払いに来い、と」
「なっ!なんで私まで巻きぞ…え………?」
言いかけて、マリコが口を閉ざす。
土門の手がマリコの頬を覆ったからだ。
「榊。俺はこれからもずっと……、お前と一緒にあの店に通う決断をした。だから連れ戻しに来た……」
話しながら、土門の顔が少しずつマリコに近づく。
「……支払いのためでしょ?」
ムダな抵抗と知りつつ、マリコは嫌みたっぷりに聞き返す。
「もちろん。それも、あるな……」
そんなマリコが可愛いと、土門は含み笑う。
「もう!どもんさ……」
「諦めろ、榊」
もうこれ以上は聞かない、と土門はマリコを遮る。
そうしてその唇に落とされたのは、まるで壊れ物に触れるかのような優しい感触。
初めはそっと、そして少しずつ深く、激しくなっていく。
「はぁっ……。どもん、さん」
頬を上気させ潤みきった瞳のマリコに、土門の芯がうずきを覚えた。
「どうする?」
「え?」
「これから………」
「…………」
土門はマリコの手にトルコ石をのせた。
「土門さん?」
「今度はお前の決断が聞きたい」
「!」
「できるなら、この印が消える前に……」
土門は先ほど自分で付けた印に指で触れる。
「それなら……」
「榊?」
『今から、聞かせてあげるわ』
これまで聞いたどの言葉より、甘く土門を捕らえる。
しかし……。
「さぁ!まずはお店に戻りましょう!」
やっぱりそういうオチか、と土門は苦笑いだ。
それでも黙って従うのは癪に触るので。
ふっ、とマリコの耳に息を吹き込み、さらに耳たぶに柔らかく齧りついてみた。
「やんっ!」
慌ててマリコは口元を手で塞ぐが、もう遅かった。
「ほう……。お前、耳が弱いんだな」
ニンマリと嬉しそうな土門を残し、赤い顔のマリコはmicroscopeへ向かって歩き出す。
「榊!」
「……」
「さかき!」
「…………」
「さーかーき!」
「………………何?」
しつこい土門に、仕方なくマリコは振り返る。
「好きだぞ!」
「!!!」
驚きにマリコの心拍数が跳ね上がる。
立ち止まったまま、マリコは手のひらのトルコ石をぎゅっと握りしめた。
――――― どうか私にも……。
マリコは半歩足を戻すと、土門に向き合う。
「お返しよ!」
そう言って強気に押し当てられた唇は、……少しだけ震えていた。
その精一杯の返事を、土門は心に刻み込んだ。
当時を思い返し、土門はまだ空席のままの隣に目を向ける。
あのとき、マスターに背中を押されなければ。
あのとき、この石が力を与えてくれなければ………。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ」
来店を告げる鈴の音と、マリコとマスターが挨拶を交わす声が重なった。
マリコは土門の姿を見つけると、するりと隣に腰を下ろした。
「あら?この石、もしかして……?」
気づいたマリコが土門を見る。
その瞳に優しさと懐かしさを見つけたマリコは、トルコ石を手に取った。
「懐かしいわね……」
あの瞬間、マリコにもトルコ石のパワーは確かに届いていた。
二人の関係を成功に導いてくれた、トルコ石。
マリコが手のひらの石をぎゅっと握ると、過去の出来事が脳裏を流れていく。
今も。昔も。この石は。
『不安』という霧の晴れた二人と同じ……………青空の色をしている。
fin.