アラカルト(誕生石ver.)
19000番さまへのお礼
19000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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マリコはmicroscopeの扉を開いた。
「おや、榊さま。いらっしゃいませ」
いつもの穏やかな声に続いて、今夜はもう一声続いた。
「にゃー」
「あらっ!?マスター、この猫は?」
「ここの飼い猫なんですよ。いつも営業中はどこかへ遊びに行っているのですが、珍しく今夜は出かけないようで……」
「へえ…。名前は何て言うんです?」
マリコは膝に手を添えてしゃがみこむと、猫に視線を合わせる。
「オパールです」
「オパール?天然石の?」
「はい」
マスターはオパールを抱き上げると、ライトの側に移動する。
「この子の瞳、どうですか?」
「あら!本当。オパールみたいに色々な色に反射してるわ!」
「ええ。そこからこの名前にしたんですよ」
そう言うと、マスターはいたずらっぽく微笑む。
「私も抱いてもいいですか?」
「もちろんです」
マスターはオパールをマリコの腕に乗せた。
「オパール。……本当に瞳が綺麗ね」
「にゃー」
マスターは一匹と一人を残し、別の客をもてなすためにその場を離れた。
しばらくすると二人(?)の声が漏れ聞こえてきた。
「ねぇ、オパール。聞いてくれる?」
「にゃー」
「土門さんとね、喧嘩しちゃったの…」
「にゃ」
「謝ったほうがいい、わよね……」
「にゃ、にゃー」
マリコはじっとオパールの顔を見つめる。
やがてその七色に煌めく瞳に引き込まれそうになる。
そうしているうちに、徐々に心が軽くなるような、そんな気がした。
「ど、もん、さん……」
いつの間にか、マリコはカウンターテーブルに突っ伏し、眠ってしまった。
「おや……」
土門と何かあったのだろう…、そう推測したマスターはマリコに求められるまま、いつもより多めに酒を出してしまったことを後悔した。
マリコの肩にブランケットをかけると、迎えを呼ぶために電話を手にした。
十分後、カランと来店をつげる鈴音とともに現れたのは土門だった。
「マスター、連絡ありがとうございます。榊は?」
土門が店内を見渡すと、カウンターの一番奥の席が
他の客からは見えないように配慮してくれたのだろう。
土門はマスターに心から感謝した。
衝立をのぞくと、そこにはマリコ以外の珍客がいた。
「…………」
「にゃー」
「マスター?」
「その子はうちの飼い猫でオパールと言います。ずっと榊さんの話し相手になっていたんですよ」
土門は苦笑した。
恐らくこの猫相手に、自分への文句でも言っていたに違いない。
「すまんな、お前にも迷惑かけて……」
土門がオパールの首をくすぐる。
喉をならし目を細めていたオパールだったが、気づくとじっと土門を見ていた。
土門はその虹色に変化する瞳に息を飲んだ。
同時に、心の凝りのようなものが溶け出していくような…そんな不思議な感じを受けた。
「土門さま。私が榊さまに少々すすめすぎてしまったようで、申し訳ありません」
「いいえ、マスターのせいではありませんよ。原因はわかっています。こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」
土門はマスターに軽く頭を下げる。
そして、マリコを背負うと、店を出て行った。
「オパール、お疲れさまでした。やはりお前の目には不思議な力があるのかもしれませんね……」
「にゃー」
オパール石と同じ癒しの力。
それは目に見えるものだけではない。
ささくれだった心や、淋しさ、哀しみさえ取りのぞき、癒してくれる……。
車へと向かう途中、背中に感じる熱と息づかいに、土門は思わず呟いた。
「俺も言い過ぎたな。すまん……」
独り言のはずだったのに、首に回された手にぎゅっと力が籠る。
背後からの『ごめんなさい』に土門は足を早めた。
一秒でも早くその顔を見たい。
一秒でも早くその頬に触れたい……そう、思ったから。
fin.