アラカルト(誕生石ver.)
16000番さまへのお礼
16000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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「榊!逃げろ!」
怒声や入り乱れる足音を縫うようにマリコの耳へ届いた声。
マリコはその声に従って、走り出した。
どっちへ向かえばいいのか、なんて分からない。
ただ必死に足を動かし続ける。
ドレスの裾が足にまとわりつく。
ぐらりとヒールの踵が不安定に揺れる。
何度も転びそうになりながら、それでもマリコは走り続けた……。
事件の発端は一日前。
殺害予告を受けたと警察へ警護を依頼してきたのは、とある一部上場のアパレル会社社長の女性だった。
すぐに警護がついたものの、その社長は今日、大切なレセプションパーティーを控えていた。
欠席することはできないと、頑として意見を曲げない女社長に、仕方なく警察は数人の影武者を用意した。
社長も出席するが、彼女以外にも良く似た背格好の女性に同じドレスを着せ、会場へ送り込んだのだ。
そして、そのうちの一人がマリコだった。
だが、犯人もまた単独ではなかった。
『絶対に女社長を殺害する』
その執念は並々ならぬものがあり、用意した影武者全員を抹殺すべく襲いかかったのだ。
マリコは階段の窪みに身を潜めると、息を殺し、周囲を警戒する。
気配も物音も聞こえないことを確認すると、ほっとしたのか、ずるずると壁づたいに崩れ落ち、座り込んだ。
土門はマリコが走り去った方角へ足を進め、必死にマリコを探していた。
身を隠せそうな隙間はすべて注意深く確認する。
やがて、前方に黒ずくめの長身の男がうろついているのを見つけた。
そして、その男が進む先、壁の隙間から見慣れた色のドレスの裾が覗いていることに土門は気づいた。
「!!!」
土門は全速力で走り出す。
「榊!そこから離れろ!!」
土門の怒声に男が振り返り、一瞬遅れてマリコが顔をのぞかせた。
そして、それに気づいた男はニタリと笑うとマリコに襲いかかる。
その不気味さに反応の遅れたマリコは、男に腕を捕まれた。
「いや!土門さん!!」
男はポケットからナイフを取り出すと、その場にしゃがみこんだマリコに向けて、振り上げた。
「さかきっ!」
男のナイフが煌めくのと、土門の渾身の体当たりはほぼ同時だった。
間一髪、男はよろめき、ナイフを落とした。
それを横目で確認した土門は、そのまま男を蹴り飛ばし、床に転がす。
続けて素早く男にまたがり、その手首に手錠を嵌めた。
「榊、大丈夫か?」
土門が座り込んだままのマリコに手を差し出すが、それには触れず、マリコはその胸に飛び込んだ。
土門は何も言わず、マリコの震えが収まるまで優しく抱き止め、ゆっくりと背をなで続けた。
やがて土門は、マリコのイヤリングが片方ないことに気づいた。
「榊、イヤリングが片方ないぞ」
「え?」
マリコは自分の耳に触れ、確かめる。
「本当……。どこかで落としたのね。お気に入りだったのに……」
しゅんと凹むマリコの様子に、土門は小さく笑う。
――― 少しは元気が戻ったようだな?
土門はマリコの残った片方のイヤリングに触れる。
それはこっくりとした真紅のガラス細工が印象的なデザインをしていた。
「お前は赤が似合うな……」
「そうかしら?」
マリコが首を傾げると、イヤリングが光の反射に煌めく。
「ああ。今日は俺のミスでこんな目に遭わせちまったからな……。無くしたイヤリングの埋め合わせは、ちゃんとする」
「別にいいわよ!土門さんのせいじゃないわ」
マリコはいつも通りの明るい笑顔を見せて、気にしないでと言う。
やがて、男の確保に駆けつけた数人の捜査員とともに、二人も府警へと戻った。
数日後、土門の部屋を訪れたマリコは、小さなジュエリーボックスを渡された。
開いてみれば……。
「わぁ!素敵!」
二つ並んだゴールドの三日月。
その先端には、小さいけれど深みのある紅いストーンが寄り添うように揺れていた。
「この間のイヤリングの代わりなんだが…。どうだ?」
土門の声は心なしか自信なさ気だ。
「気に入ったわ!ありがとう、土門さん」
頬を紅潮させて笑顔を見せるマリコに、土門はほっとした様子でその頭をぽんぽんと叩く。
そうしながら、ジュエリーショップで店員から聞いた話を、土門は思い出していた。
ルビーが司るのは、慈悲、勇気、気品。
――― 『どれもお前にピッタリだな、榊』
土門もまた、マリコの顔を慈悲深く…、そして愛おし気に見つめるのだった。
fin.