アラカルト(誕生石ver.)



15000番さまへのお礼



15000番を踏んでいただき、ありがとうございます!


*****


♪カラン……。

ずっしりと重厚な扉には不釣り合いな軽やかな鐘の音が、来客を告げる。

カウンターでグラスの手入れに余念のない店主が視線を上げた。
彼、bar『microscope』のマスターは小さく会釈すると、穏やかな笑みを浮かべ、カウンターへ手を差し出した。
「榊さま、土門さま、いらっしゃいませ。どうぞこちらのお席へ」

「こんばんは、マスター」
マリコは小首を傾げるような仕草で、はにかむ笑顔を浮かべる。
そんなマリコの背後で土門は会釈を返し、マリコの背に手を添え、カウンターへと促す。


ゆっくりと杯を重ね、とりとめのない会話に微笑み合う二人の前に、綺麗にラッピングされた箱が差し出された。

「何かしら?」
マリコはマスターに視線を向ける。
「実は当店は今年の6月で十周年を迎えるのです」
「まあ!おめでとうございます」
「ありがとうございます。ご愛顧いただいている皆様へ、ささやかなお礼をお配りしております。どうぞ、お受取り下さい」

「ありがとうございます。何かしらね?」
マリコは箱の一つを土門へ渡し、そう問いかけた。
「ん?開けてみたらどうだ?」
対する土門はそう言って、自分の箱には手を伸ばさない。
「ええ。それじゃあ……」

ラッピングを丁寧にほどき、開けてみると、中には鈍色にびいろに輝くペンがおさめられていた。

「素敵ね…。マスターありがとうございます。さっそく明日から使わせて……あら?」
マリコはペンの登頂部に目を留めた。
透明で気づくのが遅れたけれど、何か……石のようなものが嵌め込まれていた。

「それは、ムーンストーンです。6月に開店いたしましたので、当店の誕生石です。榊さまと同じだそうですね?」
マリコを見つめるマスターの瞳は、穏やかで深い。

「え?どうして……?」
自分の誕生月を知っているのか……たずねようとして、マリコは土門の顔を見た。

「ご明察!」
マスターは楽しげに笑う。
「土門さまにお聞きしたのです。実は本当の記念品はこちらなのですよ」
マスターはレジの隣に置かれたペーパーナイフをマリコへ見せる。
先の部分には同じムーンストーンが嵌め込まれていた。

「土門さまたってのご希望で、お二人の分はペンに変更させてもらいました」
「マ、マスター!」
土門はネタバレされたことに焦る。

「どうしてペンを選ばれたかわかりますか?」
尚も続けるマスターに、土門は腰を浮かしかける。

「どうしてですか?」
マリコはそんな土門を嗜めるように、その太ももに手を添えた。
仕方なく土門はどっかりと座り直した。

「お互いに、常に身に付けておきたいからだそうです」
マスターは土門へちらりと視線を投げ掛け、そしてにっこりとマリコへ微笑む。

「榊さまの誕生石であり、愛情を司るパワーストーンですからね……」


『microscope』からの帰り道、マリコは隣を歩く土門にすっと腕を絡めた。
「どうした?」
「ううん……」
そのまま二人は京の夜の静寂へ溶け込んでいった。



翌日。
土門のスーツと、マリコの白衣。
二人の胸ポケットに、共にムーンストーンの煌めきがあったことは言うまでもないだろう。




fin.



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