アラカルト(誕生石ver.)
14000番さまへのお礼コメント
14000番を踏んでいただき、ありがとうございます!
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「あら?」
マリコは洛北医大からの帰り道、府警近くの公園で、何やら沈んだ様子で座り込んでいる高齢の夫婦を見つけた。
暫く様子を見守っていると、時おり付近を見回しては首を振り、またうつむき加減に座り直す。
マリコは二人に近づいた。
「あの、どうかされましたか?」
マリコの問いかけに二人が顔をあげる。
「何かお困りですか?私はすぐ近くの京都府警に勤務しているものです。何かお困りなら、府警までご案内しますよ」
「ご丁寧にありがとうございます。実は妻が指輪を落としてしまって……」
「まあ、大変!高価なお品なんですか?」
「いやいや、安物ですよ」
お恥ずかしい…と、男性は頭に手をやる。
しかし、女性の方はまだキョロキョロと辺りを探している。
マリコは植え込みの下に葉と同じ色の何かが光っていることに気づいた。
拾い上げてみると、それは翠色の石がついた指輪だった。
「これですか?」
「ああ!そうです。これです。ありがとうございます!」
女性は本当に嬉しそうに、そして、とても大切そうに指輪をはめた。
「私たちエメラルド婚なんですよ」
女性が目尻にシワをためて微笑む。
「エメラルド婚?」
「ええ。もう結婚して、かれこれ55年になります」
「そんなに!でもそんなに長い間寄り添ってこられたなんて、本当に仲がいいんですね……」
「榊!こんなところで何してる?」
背後から呼びかけられ、マリコは振り返る。
「土門さん!」
「帰りが遅いから、みんな心配してるぞ」
近づいてきた土門にマリコは今までの経緯を説明した。
「あなた、榊さんとおっしゃるのね?指輪を見つけてくれてありがとう」
女性はマリコに丁寧に頭を下げる。
男性もそれに従うと、それでは、と二人はゆっくりと立ち上がる。
「そうそう!」
女性がマリコを手招きする。
「?」
マリコが顔を近づけると……。
――― エメラルドには浮気防止のパワーがあるのよ!
そういってにっこり微笑むと、二人は去っていった。
「ねえ。土門さん」
「何だ?」
「これ………」
マリコは衿元から今まで隠されていたネックレスを取り出す。
それは、つい先日土門から『出張土産だ!』と贈られたもので、先端には小さなエメラルドがついていた。
「エメラルドに、浮気防止のパワーがあるって知ってたの?」
「ん?……まあ、な」
「ひどーい!私のこと信用してないのね!」
つん!とマリコはそっぽを向く。
「その逆だ、馬鹿。お前が浮気しなくても、相手が勝手に…てこともあるかもしれんだろう?それに俺は『愛の石』っていう意味の方で…………まあ、いい」
お茶を濁した土門はネックレスをマリコの手から奪う。
そして、マリコの衿ぐりを少し引っ張りペンダントを滑り込ませた。
「しまっておけ」
そう言い放った土門の視線がある一点に注がれた。
そこ……、マリコの白く浮き出た鎖骨の下にうっすら残る赤い痕。
――― ちょうどいい……。
土門は考えた。
マリコの浮気なんてこれっぽっちも疑ってはいないが、近寄る虫のせいで万一のことがあっては困る。
薄くなった所有印をつけ直しがてら、虫さえ近寄れないほどに自分の存在を埋め込んでやる、と。
今頃、翠の石はマリコの胸元で揺れていることだろう。
そんなことを想像して、土門は一人ほくそ笑む。
そんな気持ちが沸き起こることさえ、愛の石のせいだとも気づかずに……。
fin.