花でも枝でも幹でもなく



「母さん、大丈夫かしら」

マリコは横浜の自宅へ着くと、伊知郎の着替えを紙袋に詰め込み始めた。

「監察官は明日の朝には目が覚めるんだろう?」

「そのはずよ」

「だったら、全てはそれからだな」

「わかってる。でも、どうしても色々と考えてしまうの。きっと母さんも同じだと思う」

「榊…」

床に座りこんだマリコを、土門はそっと抱きしめた。

「何があっても側にいる。絶対に一人にしない。それは信じろ」

「土門さん」

「お前のことは俺が支える。だから監察官が目覚めるまでは、お前がお袋さんを支えてやれ」

「ありがとう。土門さん。私、いつも土門さんに支えられてばかりだわ」

「駄目なのか?」

「え?」

「俺が好きでやっていることだ。これからだって、ずっと…」

こんな時に話すことではなかった。
土門はマリコの体に回した手を解く。
しかし、それをマリコが止めた。

「榊?」

「聞きたい。続きを聞かせて、土門さん」

「しかし…」

「土門さんのこと、信じてる。でも今は、言葉も欲しい。土門さんの言葉は、魔法だから」

「魔法?」

「うん。何時だって土門さんの言葉を聞くと、私、頑張れる気がするの」

鑑定が行き詰まっているときも、何かで悩んでいるときも。
いつも明るい方向へ連れ出してくれるのは、土門の言葉だ。

「だから、聞かせて。お願い…」

「いいだろう。だが、聞いたら…拒否することは許さないぞ?」

土門はじっとマリコの目を見た。
視線が揺れるようなら、続きは言わないつもりでいた。
けれど、マリコはしっかりと土門を見返してきた。

「これからもずっと。お前のことは俺が支える。守る。いいな?」

「うん。…うん。ずっと側にいて。絶対に離さないで、土門さん!」

マリコは土門の胸に飛び込むと、張り詰めていた糸が切れたように声を上げて泣いた。
ずっと我慢していた。
容態の分からない父。憔悴しきっている母。
これまで庇護してくれた二人と立場が逆転してしまったのだ。
子が育つということは、親が老いるということだ。 


「俺の前では我慢しなくていい。泣きたいだけ泣け」

ぐす、ぐす、ふぇん、とマリコは泣き続ける。
土門はずっとマリコの背を撫で続けた。マリコが泣き止むまで。安心するまで。ずっと。


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