花でも枝でも幹でもなく
それからのマリコは、事の次第を日野だけに伝えた。
伊知郎をよく知る日野は、すぐにマリコを帰してくれた。「病院に着いたら、容態を教えてほしい」、「何か変化があればすぐに伝えてほしい」と頼まれた。そして、伊知郎の無事と回復を心から祈っていると。
日野の小ぶりな目には、うっすらと涙が浮かんでいた。歳の近い二人には、マリコにはわからない同士の絆があるのかもしれない。
父親の状況を逐一報告することを約束し、マリコは荷物をまとめると、皆に挨拶はせず、そっと科捜研を出ていった。
もしかしたら、数日は戻れないかもしれない。そうなれば、皆には負担をかけてしまう。
それでも。
今のマリコが優先すべきは仕事ではない。
それは仲間ならきっと分かってくれるはずだ。マリコはそう信じて疑わない。伊知郎と日野にも負けない絆が、マリコにもあるのだ。
一方、京都府警へ戻った土門は、その足で藤倉をたずねた。
「なに?榊監察官が?」
「はい」
「それで榊は?」
「すでに自宅へ戻り、支度をしているはずです」
「迎えに行くのか?」
「横浜へ同行するつもりです」
「そうしてやってくれ」
「はい。それで、部長」
「構わん。何日でも榊の側にいて、支えてやれ」
藤倉はロクに目も通さず、土門の休暇申請に判をついた。
「土門。榊を頼んだぞ」
「はっ」
一瞬視線を絡ませた後、土門は軽く会釈をすると部屋を出ていった。
土門と藤倉。
種類に違いはあれど、榊マリコという女を大切に思う気持ちは変わらない。
藤倉から託された想いも胸に、土門はマリコの家へと車を飛ばした。