花でも枝でも幹でもなく



鑑定中、マリコのスマホが震えた。

「母さん?」

発信者を確認して、マリコは悩む。
電話に出るべきか、出ざるべきか。
緊急の用事かもしれないが、見合いの紹介という可能性もある。後者だとしたら、マリコは鑑定の手を止めたことを後悔するだろう。
でも…。
いつもとは違い、何となく踏ん切りのつかないまま、結局マリコは通話ボタンを押した。

「もしもし、母さん?今仕事中なんだけど、急ぎ…………え?」

電話の向こうでいずみは話し続けているが、マリコの頭にはほとんど内容が入ってこない。

『マリコ、聞いてるの?』

「うん。聞い…てる」

それから程なくして電話は切れた。

マリコは手のひらのスマホをぼんやりと見つめる。
実は母からの電話などなかった。
そんな風に現実逃避できたら、どんなにいいか…。
母から告げられたことを冷静に受け止めきれないマリコの指は、勝手にその人のスマホを呼び出した。
短縮ダイヤルの一番上。

『榊か?』

「あ……………」

自分でかけたくせに、声が聞こえた途端に怖気づく。

『どうした?何か用か?』

「ううん。何でも。何でもないの。えっと、そう。間違って土門さんに掛けちゃったみたいで」

『間違い?』

「うん。ごめんなさい」

努めて明るく、マリコは謝った。

『間違い、ねえ』

ふっと電話の向こうから、苦笑したような息遣いが聞こえた。

『そんな嘘を信じると思うか?刑事の耳を侮るな。この世の終わりみたいな声出しているくせに』

「う、嘘じゃ…」

『嘘だろ。本当は何か話したいことがあって掛けてきたんだろう?何があった?』

「あの…」

土門のぶっきらぼうだが優しい声に、マリコは泣きそうになった

『俺には何でも話せ。榊、どうしたんだ?』

「土門さん!」

ひとしきり嗚咽を堪えた後で、マリコはいずみから聞かされた電話の内容を土門に話した。

『榊監察官が?』

「午前中に倒れて救急搬送されたらしいの。まだ検査中で病名も分からないって」

『意識は?』

「混濁状態らしいわ。どうしよう、土門さん。もしこのまま…」

考えたくはないが、不安ばかり増すマリコはぎゅつとスマホを握りしめる。

『運ばれた病院は聞いたのか?』

「ええ」

『そうか。お前はもう上がれるのか?』

「まだ鑑定は残っているけど、帰らせてもらうつもりよ」

『わかった。俺はあと30分もすれば区切りがつく。お前は家に戻って支度をしておけ。迎えに行く』

「いいの?」

『当たり前だ。新幹線のほうが早いかもしれんが、車があったほうが何かと便利だろう。横浜まで送る』

「ありがとう」

『いや。榊』

「なに?」

『榊監察官はお前やお袋さんに一言もなく、どこかへ行くような人じゃない』

「……………」

土門の耳には鼻をすする音しか聞こえない。

『お前が信じてやらなくてどうする?』

「土門、さん…」

『大丈夫だ、榊。大丈夫』

「うん。…うん」

何の確証もなくても。
それでもマリコのために、土門は『大丈夫』を繰り返す。その呪文は、不思議とマリコに落ち着きを取り戻させてくれた。

「土門さん。迷惑をかけるけど、お願いします」

『アホ。迷惑だなんて1ミリも思わん。俺だって、榊監察官には伝えなきゃならんことがあるんだ』

「父さんに?」

『「娘さんを下さい」ってな』

「もう!こんな時に…」

どさくさ紛れのプロポーズ。
嬉しいのか悲しいのか、マリコは涙が溢れて前が見えない。

『泣くなよ』

「誰のせいよ…」

『榊監察官が回復したら、返事を聞かせてくれ』

「うん」

『よし。じゃあ、後で行くな』

「待ってる」

『おう!』

プツンと電話は切れた。


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