春心
「あいつら、帰ったのか」
藤倉が自室に戻ると、部屋はすでに無人だった。
二人がどうなったのかはわからない。
しかし藤倉は何の心配もしていなかった。
あの2人の行く先なら、一択しかないはずだ。
窓辺に向かい、藤倉は外を眺める。
あちこちで咲いた桜の薄桃色は、自然と人を笑顔にさせる。
「近いうちに、交際届が届くかもしれんな」
鼻歌まじりに、藤倉はデスクの決済箱の整理を始めた。
亜美は土門からの電話で、エイプリルフールの結果を報告された。
「ようやく、ですね」
『すまんな。世話をかけた』
「本当ですよ。二人ともいい大人なのに…」
土門には見えないところで、亜美はやれやれと肩をすくめる。
『礼をさせてくれ。何か欲しいものはないか?』
「ありますよ」
亜美は即答した。
『何だ?食い物か?』
「違います。マリコさんの笑顔です。マリコさんは尊敬する先輩だけど、天然で可愛らしいところもあって、私はマリコさんが大好きなんです」
思わぬところに伏兵が潜んでいたようだ。
「だから、私はマリコさんの笑顔が欲しいです。土門さん。マリコさんのこと、絶対に幸せにしてあげてくださいね。もし泣かせたりしたら…」
『そんなことは絶対にしない』
「約束ですよ?」
『ああ。そうだ、エイプリルフールのことは俺とお前の秘密だぞ』
「わかってますって。マリコさんに聞かれたら『土門さんは諦めて、別の人にしました』って話します」
亜美はニヤリと笑う。
スマホの向こうからその気配を感じとった土門は「やっぱり口止め料は用意していいたほうがいいな」と心に刻んだ。
そして、最後に何となく尋ねてみた。
『別のヤツって、誰にするんだ?』
「え?そ、そうですね…………………………蒲原さん、とか?」
急に端切れが悪くなったのは、土門の気のせいだろうか?