春心
ここで、現在の土門とマリコの関係について、少し説明しておこう。
冒頭の亜美とのやり取りから分かるように、土門はマリコに対して、仕事仲間以上の想いを抱えていた。
その感情が芽生えたのはいつなのか…今となってはもう思い出せないほどに昔のことだ。自分の気持ちに気づいてからも、土門はそれをマリコへ伝えることはしなかった。
理由は様々あるだろう。自分の仕事が危険と隣り合わせだからとか、仕事がやり辛くなるかもしれないとか。
しかし、それも所詮は言い訳でしかない。
土門は怖かった。
マリコに自分の気持ちを否定されることが。
元妻と死別して以来、土門は恋することに臆病になっていたのだ。それよりも居心地のいい関係性を永く続けることのほうが大切だと自分に言い聞かせて。
しかし同時に、土門の中には猛る自分が確かにいた。
四六時中マリコの側にいて、彼女を独占したい。
マリコに触れたい。
触れられたい。
その危険分子は月日を追うごとに成長し、最近の土門はそれを抑え込むのに必死だった。いつかは臆病な分子と衝突し、分裂し、何をしでかすかわからないと常に危惧しながら、土門はマリコの隣で日々を過ごしていた。
一方のマリコも恋愛オンチはオンチなりに、自分の心に巣食う不可思議な想いの塊が何なのか、徐々に気づき始めていた。初めのうちは、単に他の仲間よりも信頼できる相棒としか思っていなかった土門を、気がつけば、マリコは誰よりも信頼していた。
その証拠に、マリコの核とも言える科学。
その科学の出した答えとは違う結果がもたらさせた時、それが土門によるものならば、マリコは素直に耳を傾けた。
土門の存在は、マリコにとってそれほど大きなものへと育っていた。そしてそれを悟ると同時に、マリコは心の塊に名前があることを知った。
それは、恋。
そう、恋しているのだ。
マリコは、土門に。
けれど口には出せない。
何故なのか…そんな悩みを抱えていた最中、亜美の告白に遭遇したのだ。