Christmas Story



クリスマス直前、マリコと土門は喧嘩をした。
鑑定結果からの筋読みが珍しく割れたのだ。
マリコは科学者の立場から、鑑定結果を絶対視し。
土門は刑事の立場から、鑑定結果をもとに、捜査員が足で稼いだ情報を重要視した。
お互い頑固なだけに意地を張り合い、口も聞かぬ間に土門へ合同捜査のお呼びがかかった。
仲違いしたまま、土門は他県へ駆り出されて行った。



今年のクリスマスイブは奇しくも日曜日。
公休日の人間は官民問わず多いだろう。
家族でクリスマスを祝う者。
恋人同士で一夜を過ごす者。
いかし残念ながら世間には“ぼっち”と呼ばれる人種もいる。そんな人間たちが集まって、クリスマスパーティーという名の合コンを計画したのだ。
誘われて、亜美が参加することになったのは、法曹関係の若者が集うパーティーだ。警察関係者だけでなく、検事や弁護士もいるらしい。

「マリコさん、24日ってもう予定がありますか?」

「いいえ。なぜ?」

「えっと。もしかして土門さんとその…」

「土門さんなら、合同捜査の真っ最中でしょ」

「それは、そう、なんですけど」

そっけない返事に「どうやらまだ喧嘩をしたままらしい」と亜美は正しく分析した。
それならば。

「じゃあ、その日、私に付き合ってもらえませんか?」

「いいわよ」

内容も聞かず、二つ返事のマリコ。

「いいんですね?もうキャンセルはできませんよ?」

「大丈夫よ。何も予定はないもの。あ、急な鑑定が入ったときは別よ」

「わかってます。その時は多分私も一緒に呼び出されますから」

泣くふりをする亜美に、「その時は一緒に頑張りましょうね」とニッコリ笑ってマリコは追い打ちをかけるのだった。



22日金曜の夕方、土門は蒲原と電話をしていた。

『土門さん、いつごろ戻ってこられそうですか』

「そうだな。年内には戻りたいと思ってるんだが…」

『進展してないんですか?』

「ああ。はっきりいって手詰まりだな」

『そうなんですか』

「ところで、そっちはどうだ?何かでかいヤマはあるのか?」

『小さな窃盗事件はありますが、今は交通課の手伝いに駆り出されることのほうが多いですね』

「平和な証拠だ。それなら科捜研も開店休業といったところか」

『交通事故は増えていますが、それほどではないでしょうね。そういえば、マリコさんと涌田さんは明後日パーティーらしいですよ』

「パーティー?」

『はい。何でも法曹関係者の親睦を深めるパーティーだとか。検事や弁護士も来るって言ってたなぁー』

明らかな棒読みのセリフに土門は気づきもしない。

「………………」

『土門さん?』

「クリスマスイブにパーティー?そりゃ合コンじゃないのか?」

『え!そーなんですかぁ?』

「そうに決まってる。くそっ。蒲原、会場は聞いてるか?」

『はい。☓☓ホテルの………』

蒲原はほくそ笑みながら、土門に時間と場所をしっかりと伝えた。




23日も土門は捜査をしていた。
多少なりと見通しをつけて、早く京都へ戻りたいと思ったからだ。しかし土門一人が奮闘したところで、土地勘のない場所では大した成果を上げることは難しい。それが現実だ。
土門は深夜の帰り道、白く大きな息を吐いた。

「こんなことになるなら、合同捜査へ行く前に話しておくんだったな」

後悔する土門の脳裏に浮かぶのは、背筋をピンと伸ばした白衣の姿。凛と前を向く表情に、強い意志を宿した瞳。いつだって強く、正しくあろうとする孤高の存在。
でも、それだけではない。
彼女だって傷つきうなだれることもあれば、不安に瞳を揺らすこともある。誰かに寄りかからなければ立っていられない時も、間違った道に進みそうになる時だってあるのだ。
土門はずっと近くで見ていたから、知っている。

そんな二人が寄り添うようになるのは、自然の成り行きだったのかもしれない。土門もマリコも、これまで自分の気持ちや願いをハッキリと口にしたことはない。ただ、気づいたら一緒に食事をするようになり、休みにはお互いの家を行き来する関係になっていた。

それでも不安はなかった。
言葉にしなくとも、互いに相手を必要としていたからだ。しかしよく考えれば、そう思っているのは土門であって、マリコの真意はわからない。本当はマリコはこの曖昧な関係を嫌っていて、24日のパーティーに参加することにしたのかもしれない。
もし、そうだとしたら。

土門が見上げた空には、厚い雲がかかり、星ひとつ見えない。
見知らぬ土地で道標さえない。
前にも後ろにも進めない。
土門は迷子のように、ただ立ち尽くすしかなかった。



翌日も土門は街を歩き続けた。
そうすることで、何かが変わると信じたかったのかもしれない。しかし、何の手ががりも得られないまま、日は暮れてゆく。
あてもなく足を動かしていると、ふと、聞こえてきた歌声に土門は立ち止まった。あちこちからクリスマソングが流れる中、路上ライブで一人の女性が歌っていたのはこんな夜には似つかわしくない、切ない曲だった。

行きたいよ、君のところへ
行きたいよ、君のそばに

それは、今の土門の気持ちそのもの。
飾り立てることのない、素直な歌詞が土門の心に響いた。その歌に背を押され、土門の足は速まり、気づけば駆けだしていた。

向かうは京都。
ただ一人、そばにいたいと願う女のとなり。


To be continued…


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