二人暮らし
買い物を終えた二人は、そのまま帰路についた。
「いい品が買えた」
「はい。帰ったら早速お茶をいれてみましょう」
「それでは、早く家に着いたほうがいいだろうか?」
土門少尉がそう尋ねたのは分かれ道の手前だ。
「あ…」
マリコも少尉の言わんとすることは分かった。
右に進めば、いつもの帰り道。
左に進めば、少し遠回りになる道。
家に帰れば二人きりだけれど、父親の気配の残る『家』ではどこか後ろめたさを感じてしまう。
だったら、今は。
マリコはそっと少尉のシャツの袖口を引っ張ると、左の道へ足を進めた。土門少尉も黙ってマリコについていく。
そのまま歩いていくと、銀杏並木が現れた。舗装されていない道には、銀杏の根が所々土の上を這っていて、注意していても足をとられそうになる。
土門少尉がそれを口にしようとした瞬間、まさに前を歩くマリコが根に躓きバランスを崩した。
「あぶないっ!」
少尉の手が既のところでマリコの腰を支えた。
「大丈夫か?」
「すみません。考え事をしていて」
「何を考えていたんだ?」
「それは…………」
マリコは土門少尉から視線を逸らす。
その様子に、少尉は掴んだままのマリコの腰を引くと、近くの銀杏の木影に押し込んだ。
「しょう…………」
有無を言わさず、少尉は唇を重ねる。
しかしその後は柔らかく、穏やかにマリコの唇を喰んでいく。
頑ななマリコの心を溶かすように。
角度を変えて、何度も。
そうするうちに、マリコは息継ぎの合間に甘い声を漏らすようになった。
土門少尉の目には、熱を帯びた瞳に上気した頬が映る。理性を総動員しなければ流されてしまいそうだ。
「マリコさん。何を考えていたか教えてほしい」
「んっ…。それ、は」
「それは?」
「まだ…帰りたくない、って」
「なぜ?」
「一緒に、いたくて」
「家に帰っても一緒だろう?」
意地悪く追い詰める土門少尉に、マリコは泣きそうになる。
「少尉に…触れたくて。はしたなくて、ごめんなさい…」
「ああ。すまない。マリコさんを責めているわけではない」
「でも」
「あなたの反応がかわいらしくて、つい」
土門少尉はマリコをギュッと抱きしめた。
「少尉?」
「自分も同じだ。少しの間でもマリコさんに触れられないかと考えていた」
マリコの指を、少尉のそれが捕らえる。
「こうして手を繋いで。髪に触れて。そして…味わいたい」
マリコの震える吐息は、再び土門少尉の唇に吸い取られていった。
二人が帰宅すると、ちょうど入れ違いで家政婦が帰っていくところだった。
「お嬢様。おかえりなさいませ」
「ただいま。今日はもう上がり?」
「はい。お夕食の支度をしておきましたので、後でお二人で召し上がってください」
「ありがとう。気をつけてね」
「はい。失礼します」
家政婦は少尉にも一礼すると、割烹着の入った風呂敷包みを持ち直し屋敷を出ていった。
マリコはさっそく湯を沸かし、その間に湯呑の包装を解いて軽く洗う。
最後の一滴まで湯呑に落としきれば、湯気と香りが立ち昇る。緑茶の浅緑色に可愛らしいウサギの姿が映えた。
マリコは湯呑を盆に載せ、土門少尉のもとへ運んだ。
「どうでしょう?」
少尉も待ちかねていたのだろう。すぐに湯呑を手に取ると中をのぞいた。
「茶の色が際立っている。旨そうだ。ん?」
「どうかしましたか?」
「茶柱が立っている」
土門少尉はマリコに湯呑を見せた。
「本当!吉兆ですね」
「ああ。本当によいことずくめだ」
「え?」
「いや。何でもない」
先ほど味わった唇の感触を思い出し、少尉は忍び笑うと茶を口に含んだ。