二人暮らし
翌朝、マリコは味噌のいい香りで目が覚めた。
「……………!?」
ボーとした頭がようやく動き出す。マリコは簡単に身なりを整えると、すぐに台所へ向かった。
「少尉!?」
「おはよう、マリコさん」
「あの…」
「悪いが、勝手に食材を使わせてもらった」
「それは…構わないんですが」
「もうすぐ出来上がる。食卓の準備をしてくれ」
「は、はい」
マリコは言われた通り、二人分の箸や茶碗の準備をすすめる。
「マリコさん!運んでくれ!」
台所からマリコを呼ぶ声。
「はぁい!」
何だか楽しい。
マリコは自然と笑顔になって、台所へ駆けて行った。
食卓には、白飯とネギの味噌汁、漬物、昨夜の残りの煮物が並んでいる。
「こんな年寄りみたいな朝食で申し訳ない」
「いいえ。本当なら私が作るべきなのに」
「どうして?」
「え?だって家事は女性がするものだと…」
「それは習慣であって、決まりではない。何事もできる方がやればいい」
「……………」
それが自分のことを思っての発言だと、マリコには痛いほど分かった。こちらのマリコも、やはり家事は苦手なのだ。
「すみません」
「謝ることでない。マリコさんには他のことをやってもらえばいい」
「はい。すみ………」
「『すみません』ではなく、別の言葉が聞きたい」
土門少尉はマリコの言葉を遮ると、じっと見つめた。
「………ありがとうございます」
「合格だ」
少尉はとびきりの笑顔をマリコヘ向けた。
二人は昼前に連れ立って、百貨店へ向かった。店の中にあるレストランで昼食をとった後、日用品の階を巡ることにした。目的は夫婦湯呑みだが、マリコは箸や茶碗も欲しくなってしまった。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
「二人で使う湯呑を探しています」
土門少尉が声をかけてきた店員へ答えた。
「揃いの湯呑でよろしいですか?」
「はい」
少尉は淀みなく答えるが、マリコは少しこそばゆい。
今日の少尉は軍服ではなく、ブルーのシャツにスラックスというラフなスタイルだ。マリコの方は、少尉のシャツと合わせて、ブルーのストライプワンピースを身につけている。
そんな二人が揃いの湯呑を探している。店員が、二人を若夫婦だと判断するのも当然だろう。
「それでしたら、ちょうど昨日仕入れたばかりのお品がございます。いかがですか?」
進められたのは普通の湯呑だった。生成り色で、見た目には凝ったデザインも、変わった形もしていない。
ところが。
「ほう。これは面白い」
少尉は中を見て声を上げた。
湯呑の外側はシンプルだが、内側が変わっていた。
男性用は湯呑の底が淡い青色で、そこから飲み口に向かって濃い青のグラデーションになっていた。同様に女性用は桃色から紅色へのグラデーションだ。そして飲み口のすぐ内側には、三日月とウサギが描かれていた。
「かわいい!」
マリコも思わずそう口にした。
「マリコさん、気に入ったか?」
「ええ、とっても。お茶の色も映えて美味しそうだわ」
マリコは実際に湯呑を手にとって、色々な角度から眺めている。
「では、これにしよう」
「少尉はこれでいいのですか?」
「あなたがいいと思うものなら、自分もそれがいい」
マリコへ向けられた少尉の慈しむような視線と言葉に、近くに控えていた店員も微笑んでいる。
「これをいただきます」
「かしこまりました。ありがとうございます」
桐箱には二匹のウサギが向かい合うように並んでいた。