二人暮らし
翌朝、最後の朝食も土門少尉の手作りだった。
いつも通りを心がけようとしていた二人だが、やはり会話は少ない。食事を終え、後片付けまで済ませたマリコは洗い上げた夫婦湯呑を手に、少尉へたずねた。
「この湯呑はどうしましょう」
「自分の家で使おうかとも考えたが…しまっておこうか。仮初めではなく、本当の夫婦湯呑みとして使えるその日まで」
「そうですね」
マリコは戸棚から桐箱を取り出すと、一つずつ丁寧にしまっていく。
「また会いましょうね」
月のウサギに囁くと、マリコは桐の蓋を閉めた。
「そろそろ時間か」
土門少尉は懐中時計を確認すると、立ち上がる。玄関へ向い、ブーツを履くと、サーベルを腰に差した。
「行ってくる」
「行ってらっしゃいませ。気をつけてくださいね」
「マリコさんも」
「はい…」
今日は伊知郎が帰ってくる。
親子水入らずで過ごしたいだろうと、少尉は今夜から自宅へ戻ることにしている。
だから、この家で二人きりで顔を合わせるのは、これが最後。
ままごとのような夫婦もこれきり…。
「父上によろしく伝えてくれ」
「はい。少尉、1週間ありがとうございました」
「礼など必要ない。大切なあなたを護るのは自分の役目だ」
「少尉…」
庭の木に鳥が止まっているのだろうか。さえずる声が静かな屋内に響く。
「では、マリコさん」
「はい」
重なっていた唇が離れ、巻き付いていた腕が消え、つないでいた指が解けていく。
やがて。
玄関にはマリコただ一人が残された。
to be continued…