土門さんの恋人
大学の研究棟から出火した火災は、消防の懸命な消火活動により翌日の昼前、ようやく鎮火した。出火原因を突き止めるため、マリコたち科捜研は安全が確保できた後、火災現場に踏み入った。建物の中でも薬学部の研究室が出火元らしく、どの部屋よりも一番激しく燃えていた。
「有毒ガスなどは検知されていないけど、念の為注意して調べましょう」
マリコは宇佐見、君嶋、亜美に声をかけた。
三人は「はい」と答えると、それぞれ微物や金属破片などを集めはじめた。
「これ…何かしら?」
しゃがみこんだマリコが手にしたのは鉄の箱。角は溶けかけているが、火災の難をかろうじて逃れたようだ。
マリコは箱を動かしながら、構造を確認する。開け方がわかると、蓋をずらしてみた。すると中から液体が零れ出てきた。
無色透明、無臭のそれは床に落ちると雫が跳ねた。それはちょうどビニール手袋と白衣のわずかな隙間、マリコの皮膚に付着した。そして残りの液体は、1分もしないうちに気化してしまった。
「何だったのかしら…?」
特に何も起こらないので、マリコの注意はすでに別の破片へと移る。
そして粗方必要な証拠品を収集し終えると、マリコたちは鑑定のために科捜研へと帰っていった。
「戻りました」
「お疲れさん。うわっ、すごい量だね。これ全部鑑定するの?」
日野は押収品の数に目を丸くしている。
「もちろんです。さっ、始めましょう」
「ちょーっと待った!」
「所長?」
「マリコくん、今何時?」
「え?19時ですけど」
「勤務時間は18時まで。鑑定は明日の朝から始めるよ」
「でも…」
「でも、じゃないの。これは所長命令。さ、宇佐見くん、君嶋くん、亜美くんも帰るよ。もちろん、マリコくんもだよっ!」
「…はい」
仕方なく、マリコも頷く。
程なくして、科捜研の明かりは落ちた。
マリコが帰宅すると、玄関には見慣れた革靴があった。
「ただいま」
「おう。早かったな」
エプロン姿の土門が、ひょっこり顔を覗かせる。
「所長に無理やり返されたのよ。少しでも鑑定を進めておきたかったのに」
「ははは。近頃は働き方改革とかで、労働時間に厳しいからな。日野所長も藤倉部長あたりからうるさく言われたんだろう」
「そうなのかしら…」
「せっかく早く帰れたんだ。飯にしよう。出来たてだぞ」
「わあ、うれしい。いただきます」
「その前に……」
手洗い、うがい、ただいまのキスは忘れずに。
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