Over 50 〜二人なら夢も恋も〜
土門が屋上に着いて間もなく、扉が開いた。
やってきたのはマリコだった。
タイミングがいいのか、悪いのか…。
何となくバツの悪さを感じながら、土門はマリコへ手を上げた。
「よお」
「土門さん。…お疲れ…さま」
対するマリコも、まさか土門がいるとは思っておらず、居心地の悪さから歯切れの悪い返事となってしまった。
「…………………」
「…………………」
二人で並び立つも、会話はない。
何をどう話そうか…。
そもそも二人はそれを考えるために、ここへ来たのだ。
「…………………風が気持ちいいな」
「ええ。本当ね」
両手を伸ばす土門に、マリコもうなずく。
「…………………」
「…………………」
そしてまた無言。
「……何か………あったのか?」
「え?ううん。土門さんこそ」
「俺?」
「えっと…、順調?その、仕事とか」
「ああ。まあな」
ちぐはぐな会話は、お互いがこの空気感を持て余している証拠だ。
「わ、私、そろそろ戻るわ」
「お、おう。またな」
今来たばかりだというのに、そそくさと去っていくマリコを見送ると、土門はその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。
「何やってんだ俺は…」
いざマリコを目の前にしたら、手も足も、言葉も出ない。
「小学生かよ」
自嘲すると、土門も屋上を後にした。
「何だか落ち着かないわ」
マリコもまた、自分の感情に戸惑っていた。
異動の話をすればよかったのか、でも「よかったな」なんて言われたら落ち込んでしまうかもしれない。
かといって、「行かない」と伝えれば、理由を聞かれるだろう。
その時にきちんと答えられる自信もなかった。
「なんて難しい問題なの…」
マリコは腕を組み、眉を寄せた。
数日後。
膠着状態にあった二人の悩みは、思わぬ方向から動き出すこととなる。
「土門さんが本庁へ…ですか?」
「なんだ。土門から聞いていないのか?」
「…はい」
鑑定資料の補足説明のため刑事部長室へ呼ばれたマリコは、土門に異動の話が届いていることを藤倉から聞かされた。
「それで、土門さんはなんて?」
「返事はまだもらっていない。だが、先方にも迎え入れる準備があるだろうから、そろそろ決めてもらわないとな」
藤倉は土門が本庁へ行くものと思っているようだ。
「優秀な捜査員を手放すのは痛手たが、若手を育てることも組織としては必要だ。それに何より、栄転なら土門のためになる」
藤倉の最後の言葉に、マリコははっとした。
ーーーーー 土門のためになる。
そうだ。
彼を大切だと思うなら、彼の幸せのために自分はどうするべきか。自分のエゴを押しつけてはならない。
マリコはついに決断した。
「失礼します」
「やあ、土門さん。今みんな出払ってるんだけど、鑑定?」
「はい。榊が戻ってきたら、こいつを頼みます」
土門は証拠品と鑑定依頼書を日野に渡した。
「わかった。そういえば、土門さん。マリコくんから出向の話を聞いているかい?」
「出向?」
「そう。広島の大学へ、講師として出向依頼が来ているんだ」
「いや。自分は聞いていません」
「そうなの?期間が長い出向だから、マリコくんも迷っているみたいでね。よかったら相談に乗ってあげてよ。そろそろ大学へ返事をしないといけないんだ」
「…はぁ」
「国の肝いりプロジェクトでね。最先端の研修なんかにも参加できるらしいんだ。マリコくんなら喜びそうでしょ?」
「たしかに」
土門にも目を輝かせたマリコの顔が浮かんだ。
つまりそういうことだ。
マリコは自分よりも若い。もっとやりたい事、やれる事が沢山ある。
その足枷にはなりたくない。
区切りをつける時がきたのだ。
もともと、二人ともにうじうじと悩むタイプではない。土門は猪突猛進、マリコは唯我独尊だ。
こう、と気持ちが固まれば、今度は居ても立っても居られない。
『今夜、時間あるか?話がある』
そうメールを送った土門へ、マリコからの返信は早かった。
『わかった。私も話があるの』
二人は夜の7時に駐車場で落ち合う約束をした。