Sweet home



数日後、送検の準備があらかた整うと、土門とマリコはいつものように屋上でとりとめもない会話を交わす。
その中で今日は、土門がいずみの話題を持ち出した。

「力になるぞ」と言い切る土門は、心から母のことを心配してくれていた。だけど「何でも言ってみろ」と語りかけてくれるその人に、マリコは本音を吐露することができなかった。
だからつとめて明るく話したのだ。

実は…引っ越しの電話だったの、と。

「お前の実家引っ越しするのか?」

「母一人では広すぎるからって…。でも私が止めたの」

「どうして」

「だって父さんが帰ってくる家がなくなっちゃう」

マリコはふふっと笑ってみせた。
ところが。

「お前が帰る家も…だろ?」

土門のその一言に、マリコは笑顔を張りつかせた。
深い意味は無かったのかもしれない。
けれど、マリコは心臓を鷲掴みにされたように胸が痛んだ。

私が帰る家。
父さんと母さんがいる家。

マリコはいずみからの電話の後で、自分が悩んでいたことを思い返した。

私たち家族の家。
だけど父さんも母さんもずっと居てくれるわけではない。
それはマリコだって分かっている。
いつか、そう遠くない未来に別れはくる。
そのとき、あの家は本当に私の帰る家なのだろうか?
マリコは土門から目を逸らせずにいた。

しかしそんなマリコには気づかず、土門は蒲原へ電話をかけ始めてしまった。

マリコはその横顔に向かって口を開いた。

「二人がいなくなったら…私の帰る家はどこなのかしら?ねえ、土門さん。教えてよ。何でも言っていいんでしょ?力になってくれるんでしょ?」

そんなこと、言えるわけがない。

マリコは口を閉じ、声にならない心の慟哭を飲み込んだ。
口いっぱいに広がるのは焦り、苦悩、諦め、悲しみ、マイナスばかりを詰め込んだ苦味だけ。



そんな日からさらに1週間ほど経ったある日、土門は日帰り出張で警視庁を訪れていた。
まもなく昼休みというころ、偶然廊下でマリコの父、伊知郎と出くわした。

「土門さんじゃないの!仕事かい?」

「はい。榊監察官、ご無沙汰しています」

「本当に久しぶりだね。元気かい」

「見ての通りです。もちろん、榊も」

伊知郎は苦笑する。
付き合いの長い刑事には何でもお見通しらしい。

「そうだ。土門さんお昼は?」

「これからです」

「時間があるなら、近くで一緒にどうかな?」

「はい。ぜひ」


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