京都浴衣振興会協賛花火大会の怪
夏祭り当日。
車で迎えに来た土門が目にしたのは、白地に波紋のような地模様の浴衣を着たマリコ。
その浴衣の膝下には優雅に泳ぐ金魚が描かれいて、大人の遊び心を感じさせるようなデザインだ。
何より、マリコによく似合っていた。
不覚にもしばらく見とれてしまい、土門はマリコに名前を呼ばれるまで立ち尽くしていた。
「どう?」
マリコはその場でくるりと回る。
髪留めが照明を反射してキラリと光った。
「いいんじゃないか」
「それだけ?」
「ん?」
「他には?」
「それは夜のお楽しみだな」
「な、なによ」
マリコは急に慌てる。
「なにって、ナニを想像したんだ?」
ニヤリと笑った土門は、素早くマリコの腰を引き寄せる。
「なぁ…。出かけるの止めるか?」
「え?」
「誰にも見せたくないんだがなぁ…」
ため息とともに吐き出された呟きに、マリコは目を丸くした。
「私は土門さんとお祭りに行きたいわ。二人だけで行くの…初めてなんだもの」
そんな可愛らしいことを言われて、自制がきくほど土門は枯れていない。
「お前は!ああ!もうっ!!!」
ひとまず赤いルージュを堪能することで、土門はマリコを開放した。
「続きは後でな。祭りに行くか?」
「ええ!」
祭りの会場は盛況だった。
それほど広くはないが、奥までびっしり店が並んでいた。
これから盆踊りも始まるのか、会場の中央に建てられたやぐらの上では、浴衣姿の女性たちが準備を進めている。
マリコはくいっと土門の腕を引いた。
「ん?」
「土門さん、ラムネ飲まない?」
マリコが指差す方向には懐かしい水色のビンが氷水の中で涼しそうに浮かんでいた。
「いいな」
ラムネを2本購入すると、甘い液体が喉を潤してくれた。
「最近のラムネにはビー玉がないんだな」
「そうね。ちょっと残念だわ」
「小さい頃、無理やりビー玉を出そうとビンを振ったりしなかったか?」
「そんな子どもっぽいこと」
「しなかったか?」
「もちろん……………やったわ」
「だよな?俺もだ」
笑いながら二人はラムネを手に、のんびりと周囲の店をのぞいていく。
「それにしても誰だったのかしらね」
ふと、マリコは思い出したかのように呟いた。
「ん?」
「亜美ちゃん達が見た、私達のそっくりさん」
「ああ。きっと他人の空似だろう」
ここで土曜日まで時間を巻き戻してみよう。
花火見物に人がごった返す会場の一角、土門とよく似た男性はスーツ姿で上を眺めていた。
「立派な花火だな、ブランク。出張の思わぬ褒美といったところか」
「ええ。一課長、来年は奥様と見られるといいですね」
「ははは。本当に。そんな平和な夏になるといいんだが」
一課長と呼ばれた男は、東京に残してきた妻の顔を思い浮かべた。
すると人波に押され、隣にいた浴衣の女性と肩がぶつかってしまった。
「失礼」
「いえ」
一瞬の交錯。ただそれだけ。
「タマヤ〜」とブランクは声を上げた。
一方、マリコと見間違えられた浴衣の女性は少し怒っているようだ。
「なぜ私だけ浴衣なの?」
「いいじゃないか。似合ってるんだし」
「それだけ?わざわざ着付けの予約までして…怪しいわ。正直に白状しないと東京へ帰るわよ!」
隣の男に目を釣り上げるも、相手の鼻の下は伸びっぱなしだ。
「アンタには敵わないな〜。実は今日予約した店、浴衣の女性は半額になるんだよ」
「…そんなことだろうと思った」
日々パトカーで密航を続ける彼女は、夜空を見上げながら花火にも負けない大きなため息をついた。
「お腹空いたわ」
新聞記者はニカッと笑って見せる。
やがて打ち上げのクライマックスが近づく中、男女の背中は少しずつ離れ、いつしか目撃者の視界からも消えていった。