京都浴衣振興会協賛花火大会の怪



「榊が?」

「はい。てっきり土門さんかと思ったんですけど、違うんですか?」

「俺じゃない。その晩は当直だった」

「それじゃあ、誰だったんでしょう。見たのは後ろ姿だけでしたけど、土門さんによく似ていたんですよね…」

蒲原はキツネにつままれた様にしきりと首を傾げている。

二人が何の話をしているのかと言うと、一昨日の土曜日の夜のことだ。
この日市内では、京都浴衣振興会主催の花火大会が催されていた。行動制限が緩和され、親子連れやカップルなど会場はかつての賑わいを取り戻したかのような混み具合だ。
気になる女子と二人、ぎこちない雰囲気で花火を見にていた蒲原は、ふいに見慣れた後ろ姿を見つけた。

「マリコさん?」

「え?マリコさん??」

「ほら、あの後ろ姿。マリコさんじゃないかな?」

「あ、ホントだ。マリコさん浴衣着てるー!…て、あれ?」

「どうかしたかい?」

「マリコさんの隣りにいる人、土門さんじゃないですか?」

「え?どこ??」

「あそこ」

「あそこ?」

彼女が指差す方向がよく分からなくて、蒲原は目線を合わせるために腰を落とした。
わざとではないが、思った以上に顔が近づき、二人は慌てて離れる。

「確かに土門さんに似てるな」

「マリコさんと二人で花火大会?それって…」

「デート、だよね?」

「もしかしたら?」と誰もが疑っていたが、ついに証拠を見つけてしまったと二人は妙に興奮した。

「追いかけてみましょうよ」

「いや、でも。よくないよ、そういうのは」

「えー」

「俺たちだって知り合いに追いかけられたら嫌じゃない?」

「あ、うーん。そうか、そうですよね」

この素直さを、蒲原はとても好ましく思っている。
明るくてチャーミングで、時々オタクで…浴衣の似合う彼女。

「俺たちは俺たちで花火を楽しもう」

「はい!あ、いい場所とらなくちゃ。行きましょう、蒲原さん」

「ああ」

蒲原は彼女の手を握る。

「あ、あの…」

「はぐれると危ないから」

「…………」

カラコロと下駄の乾いた音と共に、若い二人の背中は雑踏の中へと消えていった。


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